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お兄ちゃんとの大切な想い出 連載261〜270

「お兄ちゃんとの大切な想い出」に掲載した連載261〜270(ここでの連載080〜089)を抽出したものです。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)

251〜260
261262263264265
266267268269270
271〜280

●連載261(ここでの連載080)●
2002年4月3日(水)22時15分

ずっと立ったまま花火を見るのは辛いので、川沿いのレストランに入りました。
テラスに並んだテーブルから、夜空を眺めることができます。

時間が遅かったので、もうほとんどの席は埋まっていました。
建物の陰になる、一番端のテーブルだけが空いていました。
お兄ちゃんたちは辛口ピラフを、わたしはフルーツの盛り合わせを注文しました。

次々と打ち上げられる花火を、3人で見上げました。
3分の1ぐらいは建物で遮られていましたけど、ぱぁーんという音は、
響いてきました。

独り言のように、Hクンが呟きました。

「綺麗やな……」

「……」

「○○姉ちゃん」

わたしは視線を上に向けたまま、答えました。

「なに?」

「俺、また来てええかな」

言葉に詰まりました。Hクンを拒否したくはありませんでした。
でも、親密になるわけにもいきません。

ちらりとお兄ちゃんを見ると、難しい顔をしていました。
わたしが沈黙を守っているのに耐えかねたのか、Hクンが続けました。

「……わかった。もうええわ」

わたしは向き直って、Hクンを見ました。
目と目が合いました。
胸が痛くなるような、寂しさに満ちた眼差しでした。

「Hクン……ごめんなさい」

「……なんで? なんで謝るん? 教えて」

「叔母さんが良いって言ったら、またいらっしゃい」

わたしは苦し紛れに、叔母さんに責任を押しつけました。
叔母さんは、わたしとHクンを会わせたくないはずです。

「お父ちゃんはわからんけど、お母ちゃんは絶対アカンて言うわ……」

いつの間にか、花火大会は終わっていました。
レストランのお客さんたちが、ぞろぞろと帰途に就きはじめました。
お兄ちゃんが立ち上がりました。

「そろそろ帰るか?」

駅への帰り道で、Uたち4人と合流しました。
Uが上機嫌で話しかけてきました。

「○○、どこ行っとったん?」

「Uがさっさと行っちゃったんだよ」

Vが感極まったように言いました。

「花火、とっても綺麗だったねー!」

Uがいわくありげに突っ込みました。

「アンタは花火より他のことで忙しかったんと違うか?」

「どういう意味ー?」

Vには通じていないようでした。わたしはため息をつきました。

花火大会が終わって、日常が戻ってきました。
Hクンは今までと変わりなく、わたしに話しかけてきましたけど、
どこかに遠慮があるようでした。

1週間が過ぎて、Hクンが田舎に帰る日がやってきました。
お兄ちゃんとわたしで、空港まで見送りに行きました。
向こうの空港には、叔母さんが迎えに来るはずです。

別れ際に、Hクンが言いました。

「○○姉ちゃん、田舎に来ることあったら、うちにも寄ってな」

「うん。Hクン、元気でね」

「俺は病気したことないねん。○○姉ちゃんこそ元気になりや。
 △△兄ちゃん、またな」

Hクンは白い歯を覗かせて笑い、手を振りながら去っていきました。
Hクンの姿が視界から消えるまで見送ってから、
お兄ちゃんとわたしは踵を返しました。

「Hクン、行っちゃったね」

「ああ……ちょっと可哀相だったかもしれないな」

「なにが?」

「お前、Hによそよそしかっただろう?
 俺は理由がわかってるけど、あいつは何も知らないからなぁ」

わたしがHクンに近寄らなかったのは、触れると体が強張るかもしれない、
という理由もあったのですけど、お兄ちゃんは気づかなかったようです。

「昨夜、あいつに訊かれたよ。お前のこと」

「え? なにを?」

「俺は○○姉ちゃんに嫌われてるんやろか、って」

「そんなこと……ない」

「俺もそう言っておいた。
 ただ、Hのことはただの従弟としてしか見てないだろう、ってな」

「お兄ちゃんも……」

「俺も?」

「お兄ちゃんも、最近よそよそしかったね」

「仕方ないさ。
 Hの前で、あんまりお前と仲良くしてるの見せられないだろ」

「お兄ちゃんも、今日出発?」

「ああ、ホントは先週発つ予定だったんだ。
 Hをこっちに残しておくわけにはいかないから、予定を延ばした」

家に帰ると、お兄ちゃんは慌ただしく着替えて、バイクにまたがりました。
ヘルメットのシールドのせいで、よく表情が見えませんでした。

お兄ちゃんは片手を挙げて「またなっ」と言い、
バイクを発進させて、あっという間に見えなくなりました。

(続く)

●連載262(ここでの連載081)●
2002年4月7日(日)21時30分

夏休みが終わって、2学期が始まりました。
始業式の朝のホームルームで、T先生が担任の交替を発表しました。

「f先生は病気療養のため田舎に帰られた。担任は俺が引き継ぐ」

クラスメイトたちは口々に不満の声を挙げました。
T先生は生徒指導主任として、生徒に恐れられていたのです。

でもわたしは、クラスの喧噪をよそに窓の外を見ていました。
このころの想い出は、おぼろげな灰色の底に沈んでいます。

わたしは補習授業に行かなくなりました。
家に帰っても、お兄ちゃんもHクンも、もう居ません。

放課後にはUやVと連れ立って帰っていましたけど、
昼休みにお弁当をいっしょに食べることは少なくなりました。
UもVも別のクラスで、新しい友達に誘われていたからです。

小学校の頃もそうだった、と思いました。
あの頃は、独りでいるのが当たり前でした。
他の状態を知らなかったので、それが世界の正常な姿だったのです。

でも、以前と状況は似ていても、わたし自身が変わっていました。
UやVのおかげで、なにげないおしゃべりの楽しさを知りました。

2年生になってから、UやVのような友達はできませんでした。
輝きに満ちていた1年前と比べると、眩しい外から暗い部屋に入ったみたいに、
世界は暗く沈んでいるように見えました。

外見上は、変化がなかったかもしれません。
わたしは相変わらず、暇さえあれば本を読んでいました。
本の中の世界に籠もっていた、とも言えます。

ゆっくりと浮力を失って、水面下に没していく潜水艦のように、
わたしを取り巻く世界は、薄暗く、静かで、冷え冷えとした、
変化に乏しいものになりました。

なぜこの頃に、わたしが浮いている力を失っていったのかは、
自分でもよくわかりません。

背が伸びて精悍さを増してきた男子たちに、潜在的な恐怖を覚えたのか。
大人っぽさを増してきた女子たちとの間に、絶望的な溝を感じたのか。
生理からくるホルモンバランスの変化が、心の平衡を乱しただけなのか。

意識的にではなくても、体調の乱れから、学校を休む日が増えました。
体育祭も文化祭も、当日に欠席したので、記憶に残っていません。

楽しかったはずの、UやVと過ごした教会の日曜学校でさえ、
断片的にしか覚えていないのです。

ある時、教会の2階で、Uがこんなことを言いました。

「○○、最近ちっとも元気ないなぁ。ノリ悪いで」

「そう?」

そう言うUのほうが、意気消沈しているように見えました。

「夏休み明けてからずっとや。『お兄ちゃんボケ』とちゃう?
 兄ちゃんに会えんようになって、そんなに淋しいか?」

「そうね……」

挑発するようなUの物言いにも、わたしは反発する弾力性を失っていました。

「悩みがあったら教えてねー?」

Vが困ったような顔で身を乗り出してきました。

「うん……」

わたし自身にも、自分がどうして沈み込んでいるのか、
はっきりした理由は掴めていませんでした。
いえ……理由を考えることさえ、おっくうでした。

それでも、魚が頭上の水面に映る太陽の光と熱を感じるように、
心のどこかにまだ、希望のかけらがありました。

わたしはただひたすら、お兄ちゃんからの連絡を待ちました。
自分から電話することは、恐ろしくてできませんでした。

奇妙な強迫観念があったのかもしれません。
わたしから近づいたら、拒否されるかもしれない、という恐れが。
夏休みのお兄ちゃんは、微妙にわたしを避けていたような気がしました。

ひと月待ち、ふた月待っても、電話はかかってきませんでした。
お兄ちゃんはきっと忙しいのだろう、と自分に言い聞かせました。
そんな言い訳では、自分を誤魔化せませんでしたけど……。

わたしは電話の呼び出し音に敏感になっていました。
それでも、秋が深まり、冬の気配が忍び寄ってきた頃、
受話器の向こうからお兄ちゃんの声が聞こえてきた時、
平静ではいられませんでした。

「○○、元気だったか?」

「……うん。お兄ちゃんは?」

「俺はいつだって元気さ。最近お前から手紙来ないから、
 ちょっと心配になってな」

「……あんまり書くことがなくて……」

「無事ならいいんだ。安心したよ」

わたしは思い切って、気になっていたことを訊いてみました。

「お兄ちゃんは、冬休み、すぐに帰ってくる?」

「あ……ん……それがな。冬休みには、帰れないと思う」

本当に眩暈がして、わたしは壁に肩をあずけました。

「え? ……どう、して?」

「いや……色々と予定が詰まってるんだ……」

お兄ちゃんらしくもない、言い訳じみた態度でした。

(続く)

●連載263(ここでの連載082)●
2002年4月8日(月)21時00分

そのときわたしは、高い所から自分の体を見下ろしているような気がしました。
自分の口から出る声が、遠い他人の声に聞こえました。

「……お兄ちゃん」

「すまん……」

「いいの。気にしないで」

どうして……どうしてこんな、なにげない声で返事ができるのか、
わたしは自分の声に唖然としました。

証拠は明白でした。お兄ちゃんは、わたしを忌避していました。
1つ1つは取るに足りないことでも、一連のパターンとして見れば、
答えは大書きされています。

わたしは受話器を置いて、ゼンマイの切れた人形のように、
その場で息を詰めました。
肺の中の空気がゼリーのようで、吐くことも吸うこともできませんでした。

気を落ち着けるために、なにかしなければなりませんでした。
わたしは息を切らせながら、読む本を探しました。

借りてきた本も買ってきた本も、すべて読み尽くしていました。
わたしは新聞を広げて、隅から隅まで目を通しました。

とある記事が目につきました。
なんということのない、小さな記事でした。

赤ん坊が、親に放置されて亡くなった……いつものわたしなら、
かすかな胸の痛みを覚えるだけで、すぐに忘れてしまったでしょう。

ところがこの時ばかりは、心臓を貫かれるような、鋭い衝撃がありました。
肺を握りつぶされたみたいに、息が苦しくて、肩が震えました。

洗面所で両手をついてえずいても、胃液しか出てきません。
これはただの神経症の発作にすぎない……と理性ではわかっていました。

でも、荒れ狂う夜の海のような心が静まるまで、わたしはただ、
自分の体を固く抱きしめて、永遠に等しい1時間を、やり過ごすだけでした。

わたしがようやく自由な呼吸と思考を取り戻した時、
わたしの顔は涙に濡れていました。

こんなことではいけない、と思いました。
わたしは冷や汗でべとべとする服を着替え、ノートを取り出しました。

新しいノートの1ページ目に、わたしは大きく書きました。
お兄ちゃんに会いに行く、と。

お兄ちゃんに直接会って、お兄ちゃんの真意を確かめなくては……
そう思いました。

勝手な想像は、不安しか生みません。わたしは覚悟を決めました。
どんな答えが待っていても、最悪の想像よりは受け入れやすいはずです。

クリスマスイブが近づいたある日、日曜学校が終わって、Vが言いました。

「ねーねー。今年はお兄さんといっしょに、
 クリスマスパーティーに来てくれるでしょー?」

「……それは無理」

「えーどうしてー?」

期待か外れて、Vの表情が絶望的になりました。

「今年は、わたしが田舎に帰るから。
 冬休みに入ったら、次に会うのは新学期だと思う」

渋い顔のVをさしおいて、代わりにUが答えました。

「そうかー。それやったらしゃあないな。
 せやけどアンタ、最近体の調子悪いんと違うの?
 無理したらアカンで」

「うん。だいじょうぶ」

「アンタの『だいじょうぶ』はアテにならんからなー。
 言うてもどうせ聞かんやろけど」

そう言って、Uは苦笑いしました。

「兄ちゃんに、わたしらからもよろしくな」

「うん」

わたしはうなずきました。
わたしが1人で田舎に帰ることを知っているのは、UとVの2人だけでした。

クリスマスイブを目の前にして、わたしは黙々と荷造りをしました。
クリスマスプレゼントの代わりに、一通の手紙をしたためました。
お兄ちゃんの前では、緊張してなにも言えなくなるかもしれない、
と思ったからです。

クリスマスイブの当日、わたしは朝早くに起きました。
コートとマフラーで身を固め、Vの家に泊まりに行く、という書き置きを残して、
わたしは2回目の旅に出ました。

2年前と同じコースを辿ったので、迷うことはありませんでした。
電車や飛行機の中で、わたしは窓ばかりぼんやりと眺めていました。

お兄ちゃんのことばかり考えていたような気もしますし、
なにも考えていなかったような気もします。

最寄り駅に着いて、わたしはあることに気がつきました。
突然わたしが訪れて、お兄ちゃんが留守だったら、なんにもなりません。
わたしは駅の公衆電話から、田舎の家に電話をかけました。

「もしもし?」

「ん……○○か? プレゼント届いたのか?」

「違う。わたしが届くの」

「はぁ?」

「お兄ちゃん、今夜は予定ある?」

「ああ、知り合いのパーティーに……って待て。
 お前どこから電話してるんだ?」

わたしが公衆電話からかけているのが、騒音からわかったようでした。

(続く)

●連載264(ここでの連載083)●
2002年4月9日(火)20時45分

「駅の公衆電話から」

「……っておい、もしかしてこっちに来てるのか?」

不意を打たれたお兄ちゃんの、驚愕した顔が目に浮かんで、
わたしは久しぶりに心から笑いました。

「お兄ちゃん、びっくりした?」

「びっくりするに決まってるだろ! 迎えに行くからそこを動くなよ」

「だいじょうぶ。もう2度目だから、迷わない」

「いいからそこにいろ。すぐに行くから」

わたしの返事を待たずに、お兄ちゃんは電話を切ってしまいました。
わたしは駅の建物を出て、ひさしの下に立ちました。

駅を出入りする見知らぬ人たちが、わたしのそばを通り過ぎて行きました。
淋しくはありませんでした。
もうすぐお兄ちゃんに会える……と思うと、心が弾みました。

お兄ちゃんがどちらの方角から来るのかわからないので、
駅に集まるそれぞれの道に、均等に視線を移しながら……。

自転車に乗ったお兄ちゃんの顔が、遠くに見えました。
すごいスピードでした。
甲高いブレーキの音を響かせて、黒い自転車が目の前に停まりました。

「メリークリスマス、○○。荷物をこっちに寄こせ」

「メリークリスマス」

お兄ちゃんは古い自転車の前かごに、わたしのリュックサックを載せました。
わたしは荷台に座って、お兄ちゃんの腰に腕を回しました。

「お兄ちゃん、バイクはどうしたの?」

「ん? ああ、駅前だと自転車のほうが小回りがきくんだ」

自転車が走り出しました。

「○○」

「なあに? お兄ちゃん」

「……あっちで、なにかあったのか?」

「……どうして?」

「こないだ電話したとき、お前元気なかっただろう?」

「……後で話す」

わたしは内心、お兄ちゃんの鈍さに呆れました。
お婆ちゃんの家に着いて、お兄ちゃんといっしょに玄関に上がりました。
家の中は静かでした。

わたしはマフラーとコートを脱いで、
まず曾お婆ちゃんとお婆ちゃんに挨拶しました。
F兄ちゃんの姿が見えないので、お兄ちゃんに尋ねました。

「F兄ちゃんは?」

お兄ちゃんはにやっと笑って、わたしを手招きしました。
その後について、わたしはお兄ちゃんの部屋に入りました。

お兄ちゃんはベッドに腰を下ろし、わたしもその隣に座りました。

「F兄ちゃんにも彼女ぐらいいるさ。今夜はたぶん帰ってこないだろうな」

その意味するところはわたしにも解りました。

「驚いたか?」

わたしがこくこくうなずくと、お兄ちゃんは真面目な顔になりました。

「F兄ちゃんにも色々あるんだ。
 婆ちゃんが居る限り、彼女をここには連れて来れないらしい。
 大人の世界は大変みたいだ……」

お婆ちゃんとF兄ちゃんとその彼女さんのあいだには、
なにかよくわからない事情があるようでした。
わたしには、なんとも言いようがありませんでした。

「お兄ちゃんは、もう行かなくて良いの?」

「行くって、どこに?」

「今夜はパーティーがあるんでしょう?」

「婆ちゃんたちは夜が早いからさっさと寝てしまうし、
 お前が1人になっちゃうじゃないか。俺だけ行くわけにはいかないさ。
 急用ができたって言ってキャンセルしたよ。
 ケーキ買ってこないといけないけど……2人でパーティーするか」

お兄ちゃんと2人きりのクリスマスイブ……泣きたいほど魅力的でした。
その誘惑を振り払うのに、全力を振り絞らなければなりませんでした。

「それは……ダメ」

「ダメ?」

お兄ちゃんは不思議そうでした。
わたしは歯で噛んで吐き出すように、言いました。

「わたしは勝手に、突然やってきたの。
 わたしのために、前からの約束を破るのは、良くない。
 お兄ちゃんを招待してくれた人に、悪いよ」

「ん……それじゃ、お前もいっしょに行くか? 俺の友達に紹介するよ」

わたしはうなだれました。

「知らない人ばっかりだと、わたし、緊張しちゃう。
 遅くなっても、わたし、ここで待ってるから、行って来て。お兄ちゃん」

「そうか……じゃ、なるべく早く帰ってくる」

上着を羽織って出て行くお兄ちゃんを見送って、
わたしはお兄ちゃんのベッドで、お兄ちゃんのにおいを嗅ぎながら、
丸くなりました。

(続く)

●連載265(ここでの連載084)●
2002年4月10日(水)20時50分

わたしはいつの間にか、そのまま寝入っていました。
物音で目蓋を開くと、真っ暗な部屋の中にお兄ちゃんが入ってきました。
わたしは身を起こしました。

「あ……お兄ちゃん、お帰りなさい」

「ただいま。起こしちゃったか?」

「良いの。待ってたから」

「残り物だけど、ケーキだ。お腹空いてるだろ?」

お兄ちゃんが片手に提げた箱を振って見せ、
電灯のスイッチに手を伸ばそうとするのを、わたしは止めました。

「このままで良い……」

心臓が壊れるのではないか、と思うほど、激しく高鳴りました。
お兄ちゃんは床にあぐらをかいて、真剣な声を出しました。

「なにか、相談があるんだろ? ○○。
 そんなに思い詰めた顔をして……。お兄ちゃんに話してくれないか?」

口の中が糊付けされてしまったみたいに、舌が上手く動きません。
わたしはふぅーっと息を吐きました。

わたしは枕元のリュックから、封筒を取り出しました。

「これ……お兄ちゃんに。プレゼント」

お兄ちゃんは封筒を手にとって、不思議そうな顔をしました。

「開けていいか?」

「……待って! まだ……見ないで」

お兄ちゃんの手の中から、封筒を取り戻したくなりました。
でも、ここまで来たら、もう引き返せない、と思いました。

「その……前に……お風呂……入ってくる」

立ち上がってぎくしゃくと出て行くわたしを、
お兄ちゃんは怪しむような目で、黙って見送りました。

わたしにも、自分が挙動不審なのはわかりました。
頭が正常に機能していないようでした。
浴槽にお湯が溜まるのを、じーっと突っ立って眺めました。

お湯が溜まった頃には、すっかり体が冷えていました。
頭から熱いお湯をかぶると、痛いぐらいでした。
肩まで湯船に浸かって、目をつぶりました。

わたしはひどく愚かなことをしようとしているのではないか……
そんな疑念が胸にきざしてきました。
どうしようもない流れに、背中を押されているようでした。

「○○」

突然、脱衣場からお兄ちゃんの声が聞こえてきて、
わたしはお湯の中で飛び上がりました。
振り向くと、磨りガラス越しにお兄ちゃんの影が見えました。

「なっ、なに?」

「寝間着、ここに置いておくから」

「あ……ありがとう」

お兄ちゃんの影が、脱衣場から消えました。
わたしは浴槽の縁に身を乗り出して、はぁはぁと息をつきました。
湯当たりでのぼせる寸前でした。

わたしは湯船を出て、念入りに、時間をかけて、体を洗いました。
お兄ちゃんの部屋に戻る前に、時間を稼ぎたかったのです。

頭を洗って、もう一度体を洗っていると、体が冷えてきました。
また湯船に体を沈めてあたたまりました。
お湯に浸かっていると、極度の緊張のせいか、気が遠くなりました。

こんこん、とお風呂の扉をノックする音がしました。

「○○、大丈夫か?」

わたしのお風呂があまりに長いので、心配して見に来たようです。

「だいじょうぶ。もう上がる」

「客間に布団敷いといたぞ」

「嫌……お兄ちゃんの部屋が良い。お話があるから」

客間だと、襖越しにお婆ちゃんに聞かれないとも限りません。

「……わかった。待ってる」

お兄ちゃんがそう言って立ち去った後、わたしは脱衣場に出ました。
もう、逃れようがないと思うと、奇妙なほど肚が据わってきました。

バスタオルで体をこすって、湿り気を取りました。
脱衣籠の中に、お兄ちゃんのものらしい、ネルのパジャマが畳んでありました。

替えの下着を脱衣場に持ってきていないことに、初めて気づきました。
わたしは下着をつけずに、お兄ちゃんのパジャマに腕を通しました。
ズボンはだぶだぶで裾を引きずりそうだったので、穿きませんでした。

お兄ちゃんの部屋に続く暗い廊下が、妙に長く感じられました。
スローモーションみたいに、時間の流れが引き延ばされているようでした。

お兄ちゃんの部屋の扉を開けて、中に入りました。
枕元のランプだけ点いていて、パジャマに着替えたお兄ちゃんが、
ベッドに横になっていました。

お兄ちゃんは、首をこちらに向けました。

「……!? ○○、お前、寒くないのか?」

「布団に入ったら、あたたかいよ」

わたしはベッドに上がって、お兄ちゃんの隣に滑り込みました。
毛布と掛け布団は、お兄ちゃんの体温であたたまっていました。

(続く)

●連載266(ここでの連載085)●
2002年4月14日(日)22時00分

わたしは横からお兄ちゃんの胸に抱きつきました。
脇の下に顔をうずめて、腕に力を込めました。

「おい○○、これじゃ動けないよ」

抗議の声を無視して、お兄ちゃんの太股に足を絡めました。

「どうしたんだ? ホントに……」

お兄ちゃんはわたしの頭を抱えるようにして、髪を撫でました。

「つらいことでもあったのか?」

なかなか、言葉が出てきませんでした。
自分の行いはひどく子供じみている、と自覚できました。

「お兄ちゃん……」

「なんだ?」

「お兄ちゃんは、わたしを避けてるね」

わたしの断定を聞いて、お兄ちゃんの体が、びくりと震えたようでした。

「……そんなこと、あるわけないだろう?」

「うそ。お兄ちゃんは、わたしを避けてる。
 春休みに帰ってこなかった。冬休みにも帰ってこない……」

「それは……夏休みには、いっしょにツーリングに行ったじゃないか」

わたしは思いました……お兄ちゃんは、誤魔化そうとしている。

「うん。あれは楽しかった、とっても」

「だったら、なんでそんなこと言うんだ……?」

「でも、わかっちゃった……。
 お兄ちゃんが、わたしと目を合わせなくなったのが。
 気づかなければ良かった。
 でも、わかるよ。わたしはいつも、お兄ちゃんを見てたんだから」

自分で口にした事実が、改めてわたしを打ちのめしました。
目の奥が熱くなってきました。涙があふれそうでした。

いま泣いてはいけない、と思いました。
涙を見せたら、きっとお兄ちゃんは抱きしめてくれる……
でもそれは、一時しのぎにしかならないのです。

動悸が激しくなってきて、呼吸をするのがやっとでした。
口を動かすのに、大変な努力が要りました。

噛みちぎるように、一語一語区切って、口にしました。

「お兄ちゃん……手紙……読んで」

薄暗い灯りの下で、お兄ちゃんが便箋を広げました。
短い手紙でした。

『愛しています。
 わたしはお兄ちゃんのものです。
 何でもしますから、離れて行かないでください。
                          ○○』

1行目はわたしの気持ち、2行目はわたしの決意、
3行目はわたしの願いを表していました。

手紙を読んで、お兄ちゃんの息が止まるのがわかりました。
お兄ちゃんは便箋に目を据えたまま、ぴくりとも動きませんでした。

ぞくぞくと、背筋に寒気が走りました。
力いっぱいお兄ちゃんにしがみついているはずなのに、
手に力が入っているかどうか、わたしにはわかりませんでした。

「お前……これは……」

お兄ちゃんがため息のように、つぶやきを漏らしました。
寝惚けているときのような、頼りない声でした。

「気持ち、悪い?」

「いや……そんなことは……」

「正直に、言って。本当の、ことを。兄妹なのに、異常、だよね?
 わかってる。そんなこと、わかってる。
 だから、どう思われたって、仕方がない……」

言葉が次々と、ひとりでに喉の奥から飛び出してきました。
苦しくても、言い終えるまで、止めることはできませんでした。
お兄ちゃんは遮ろうとせず、黙って聞いていました。

「……お兄ちゃんが、嫌だ、って言ったら、わたしは、泣くと思う。
 泣いても、優しくしないで。同情は、うれしくないから。
 お兄ちゃんの、本当の気持ちが、知りたい……」

わたしは、最悪の答えを覚悟していました。
涙が滲んできました。

お兄ちゃんが、またわたしの頭を抱き寄せて、撫でました。
独り言のような、真剣な声がしました。

「俺たちは……兄妹だよな」

「うん」

予想が現実になったと思って、目の前が真っ暗になりました。

「いくら好きでも、結婚はできないんだぞ?」

「結婚なんて、したいと思ったこと、無い」

本心でした。両親を見ていたら、結婚に幻想など持てません。

「子供も作れないぞ? 奇形児が産まれるかもしれない」

「子供なんて、欲しくない」

自分が子供だった頃が、わたしには思い出せません。
なにか別の種類の生き物のように思えました。

「誰にも言えなくて、寂しくないか?」

「秘密にする。誰にも言わない」

お兄ちゃんがほーっとため息をつきました。

「俺は……人を本当に好きになるってことがどういうことなのか、
 よくわからないんだ。
 付き合った彼女は大勢いるけど……。
 それでも……○○、お前のことは……好きだ」

夢を見ているのか、と思いました。
たった今、死んでも良い、そう思えるほどの幸福感でした。

(続く)

●連載267(ここでの連載086)●
2002年4月16日(火)22時00分

最悪の想像はしていても、好きと言われる心の備えはありませんでした。
わたしは何度もぱちぱちまばたきして、お兄ちゃんの顔を見ました。

ホント?

それだけ口にするのがやっとでした。
お兄ちゃんは目を細めて、優しい声で言いました。

「ああ……本当だ。ずっと前から、好きだった」

わたしはまだ当惑していました。

「わたし、変態なのに……良いの?」

お兄ちゃんはわたしを胸にのせて、ぎゅっと抱きしめてくれました。

「俺だって同じさ。お前のこと、心の中で裸にしたりした。
 ……嫌じゃないか?」

「嫌じゃ、ない……」

それ以上は、言葉になりませんでした。
目頭が熱くなって、涙があふれてきました。
こらえる間もなく、ぽろぽろこぼれ落ちました。

「○○? 泣いてるのか? どうした」

わたしが泣きだして、お兄ちゃんは慌てたようです。
わたしの顔を覗き込もうとしました。
わたしはうつむいて、お兄ちゃんの視線から逃れました。

「違うの……うれしくて、うれしくて……」

お兄ちゃんが体を入れ替えて、わたしを仰向けに寝かせました。
目をつぶっていると、額の前髪が指で払われました。

閉じたまぶたを、柔らかい感触が順番に覆いました。
お兄ちゃんの唇でした。そこだけボッと熱を感じました。
唇が移動して、目尻の涙の跡を舐めました。

「しょっぱいな」

お兄ちゃんの息が、顔を撫でました。
お兄ちゃんはわたしの上で四つんばいになっているようでしたけど、
少しも重みはかかっていませんでした。

「○○」

お兄ちゃんの呼ぶ声に、わたしはまぶたを開きました。
お兄ちゃんは首を挙げて、どこか遠くを見ていました。

「お兄ちゃん?」

「俺たち……兄妹なんだよな」

「……うん」

「お前が彼氏を作ってくれたら……諦められると思ってた。
 いい兄貴になって、祝福してやろうって……。
 今ならまだ、引き返せるんだぞ?」

「彼氏なんか……作れない。
 わたしが触れられるのは、お兄ちゃんだけ。
 話してなかったけど……夏休みの前、痴漢にあったの」

「なにぃ?」

カッと見開かれた両眼に、射すくめられました。

「だいじょうぶ。ちょうど助けが入って、無事だった。
 でも、それから、男の人に触られると、体が硬直するようになっちゃった」

「その痴漢はどうしたんだ?」

「逃げた」

「ちっくしょう……」

事件の成り行きを大幅に省略して、f先生の名前は出しませんでした。
お兄ちゃんが知ったら、騒ぎになるかもしれないと思ったからです。
お兄ちゃんは怒りに身を震わせていました。

わたしの首の後ろと背中に、お兄ちゃんの腕が回されて、
骨がきしむほど強く抱きしめられました。

わたしは身動きひとつできませんでしたけど、
その痛みと、汗の混じった匂いが心地よくて、陶然としました。

ふっと重みが消えました。
見上げると、そこにお兄ちゃんの優しい笑顔がありました。
お兄ちゃんの指が、そっとわたしのまぶたを下ろしました。

冬だというのに、わたしは汗をかいていました。
わたしが息を詰めて待っていると、額と頬に、ちゅっちゅっとキスされました。
思わず息を吐くと、その唇を奪われました。

最初はくすぐったい、触れるだけの口づけでした。
だんだんと強くなってきて、唇がしびれるようでした。
口を開けて息継ぎしようとしたら、舌が入ってきました。

わたしはお兄ちゃんの舌に、自分の舌を合わせました。
舌が絡んで、煙草の苦い味が少ししました。
お兄ちゃんの舌はとても長くて、わたしの口の中を動き回りました。

「んふっ……んふ……」

息をするのを忘れてしまいそうでした。
まぶたの裏が白くなって、意識が閃光に満たされるようでした。

はだけたパジャマの下に、お兄ちゃんの硬くなったものが当たっていました。
お兄ちゃんが興奮している、と思うと、歓喜に心が震えました。
わたしは両腕をお兄ちゃんの首に回して、力いっぱいしがみつきました。

長い長いキスが終わったとき、わたしは肩で息をしていました。
ドッドッと心臓が高鳴って、空気に触れた肌が、ぴりぴりとしびれました。

(続く)

●連載268(ここでの連載087)●
2002年4月18日(木)22時20分

息が苦しくて、胸が大きく上下しました。
わたしの口の周りは、お兄ちゃんの唾液でべとべとでした。
生臭いようなその匂いに、頭の芯がしびれました。

お兄ちゃんの手が、うなじから肩を揉みほぐすように動きました。
両手でわたしのパジャマのボタンを、ゆっくり外していきます。
薄く目を開けると、お兄ちゃんは体を起こして膝立ちになっていました。

わたしは恐れと期待の入り混じった濃密な気持ちで、時を待ちました。
胸があらわになると、しっとり汗でしめった肌に寒さを感じました。
視線を感じて、わたしは両腕を交差させ、胸を隠しました。

「見たい。いやか?」

とっさに声を出して、返事をすることができませんでした。
わたしは言葉を忘れてしまったようでした。

お兄ちゃんに両手首を掴まれました。
すると、わたしの腕から力が抜けてしまいました。
わたしはバンザイをするような恰好をさせられました。

胸……小さくてごめんなさい

思うより先に、わたしはそう口にしていました。

「ばか」

わたしが耳にしたなかで、一番優しく響いた「ばか」でした。
お兄ちゃんの顔が見えなくなって、胸の先端に温かさが生まれました。
お兄ちゃんがわたしの乳首に、キスをしていました。

わたしはくすぐったさと恥ずかしさに、身もだえしました。
でも両手首を押さえられているので、背中を浮かせるしかありません。
脳天から腰まで、背骨に沿ってしびれが駆け抜けました。

「ああぁっ……」

お兄ちゃんがわたしの手首を自由にしました。
大きな手のひらとぬるぬるする舌で、わたしの両胸をいじめます。

わたしは両手をどうしたら良いかわからなくなって、
お兄ちゃんのパジャマのズボンを握りしめました。
腰の奥が熱の塊になって、汗と汗でないもので、お尻まで濡れました。

未知の恐怖に押し流されそうになって、わたしは声を挙げました。

……まって……お兄ちゃん

お兄ちゃんの手と口が離れて、べとべとになった胸がすーすーしました。

「どうした? 痛かったか?」

「そうじゃなくて……お兄ちゃんも脱いで」

お兄ちゃんはまだ、パジャマを着たままでした。
ちりちりするような恐れから逃れるために、
わたしは素肌と素肌でじかに触れ合いたかったのでしょう。

お兄ちゃんはベッドから下りました。
お兄ちゃんも、少し息が荒くなっていました。
横目で見ていると、パジャマの上着と、白いシャツを脱ぎ捨てました。

パジャマのズボンの前は、信じられないほど盛り上がっていました。
お兄ちゃんは脱ぎにくそうに腰を引いて、
ズボンとパンツを一緒に下ろしました。

魁偉かいいと言うしかない異質な物体が顔を出しました。
わたしが口をあんぐりと開けて見つめると、お兄ちゃんは苦笑しました。

「そんなに見るなよ」

「…………」

性交がどういうことかぐらいはわたしでも知っていましたけど、
あの大きさのものを受け入れるのは、物理的に不可能だと思いました。

わたしが何と言っていいかわからずにいるあいだに、
お兄ちゃんはまたベッドに上がってきました。

わたしはパジャマをすっかり脱がされました。
胸と胸を密着させて、お兄ちゃんが頬ずりしてきました。
お兄ちゃんの背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめました。

お兄ちゃんの背中は硬くて、ざらざらしていました。
少し冷えかけていた肌が、あたたまってきました。

2人ともしばらく、そのままじっとしていました。
耳元で、お兄ちゃんが囁きました。

「あったかいな……」

「うん……」

わたしの太股に、お兄ちゃんの硬いものが当たっていました。
そこだけ、あたたかいというよりむしろ、熱いぐらいでした。

お兄ちゃんの手が、わたしの背中やお尻をまさぐりました。
胸やお腹がこすれ合って、しっとりと汗をかきました。
甘いような、酸っぱいような熱気が、立ち込めていました。

胸が押しつぶされて痛みを覚えましたけど、
もっと近づきたくて、近づきたくて、しようがありませんでした。
ひとつに溶け合えたら良いのに、と思いました。

お兄ちゃんがわたしの耳を舐めました。

「ひぁっ……」

わたしはビクンと痙攣して、お兄ちゃんにしがみつきました。
お兄ちゃんは調子に乗って、耳を口に含んでしゃぶりました。

「あっ……や…めて……」

わたしが首をのけぞらせて逃れると、首筋を舐められました。
お兄ちゃんの太股が、わたしの股を割りました。

わたしの股間を、お兄ちゃんの手のひらが包みました。
わたしのあそこは、もうあふれるほどに濡れていました。

わたしはとっさにお兄ちゃんの手を掴んで、振り払おうとしましたが、
力が入りません。
指の腹でこすられて、体ががくがく震え、軽く達してしまいました。

(続く)

●連載269(ここでの連載088)●
2002年4月20日(土)22時45分

わたしが目を閉じて呼吸を整えていると、
お兄ちゃんはわたしの頬にちゅっと口づけして、体を横にずらし、
わたしの隣に寝そべりました。

わたしはお兄ちゃんに腕枕をされて、髪を撫でられました。

「疲れたか?」

「ううん、だいじょうぶ」

「このまま……眠ってもいいんだぞ?」

「……え? でもお兄ちゃん、まだ……」

「俺はいいさ。お前にはまだ、これ以上は早いような気がする」

わたしばっかり良い気持ちにしてもらっただけで終わるのは、
どうにも納得がいきませんでした。

「早くない。わたしもう……生理だってある。
 お兄ちゃんも、今のわたしと同じ年のとき……その……
 エッチしてたでしょ? Cさんと

お兄ちゃんがハッ、と息を呑むのがわかりました。

「……やっぱり」

「いや……その……コンドーム無いし、子供ができたら困るだろ?」

「今日は安全日」

そうわたしが断言すると、お兄ちゃんは絶句しました。

「いやなの……?」

わたしは伸び上がって、さっきされたのと同じように、
お兄ちゃんの耳をかぷっと口に含みました。

「やめろっ、くすぐったい」

わたしはやめませんでした。少ししょっぱい味がしました。
耳から首筋までぺろぺろ舐めながら、右手を下に伸ばしました。

手のひらにぐにゃっ、とした手応えがありました。
湿った柔らかいフランクフルトソーセージのようなものを、握りました。

うわあああ、と内心動揺しながら、ふにふに手を動かしてみると、
お兄ちゃんに手首をきつく掴まれました。

「そんなこと、しなくていい!」

お兄ちゃんの厳しい声に、わたしはすくみ上がりました。

……お兄ちゃんと同じこと、しただけなのに……

泣きそうな声でわたしがそう言うと、手首を締め付ける力が抜けました。
あそこを握る力をふにふに入れたり緩めたりすると、
わたしの手のひらの中で、だんだん大きく硬くなっていきました。

「握ったまま、こう動かして」

お兄ちゃんの大きな手が、わたしのこぶしを包んで、上下させました。
わたしの手のひらの中で、かちかちになったものが、ぴくぴくしました。

「お返しだ」

その感触にわたしがすっかり気を奪われていると、
お兄ちゃんが屈み込んで口づけしてきました。

それだけでなく、わたしの股間にまたお兄ちゃんの指が……。
そのうちに、なにがなんだかわからなくなってきました。
舌を絡めながらお兄ちゃんは体を入れ替えて、上になりました。

お互いに背中に手を回して、しっかり抱きしめ合いました。

「○○……力抜いて。足、開いて」

足の力を緩めようと意識しても、なぜか思うようにいきません。
緊張の抜けない太股を少し開くと、お兄ちゃんの膝が割って入りました。

わたしは足を大きく開いて、お兄ちゃんの腰を挟む体勢になりました。
わたしのあそこに、お兄ちゃんの先端が当たりました。

お兄ちゃんは上体を前後に動かして、先端を小刻みに滑らせました。

「あっ、あっ、あっ……」

わたしは緊張と興奮との極致に達して、
切れ切れに、言葉にならない声を吐き出すだけでした。

お兄ちゃんはわたしの肩と背中に回した手を、撫でるように動かしながら、
わたしの耳に囁きました。

「力、抜いて……」

力を抜こうとすればするほど、余計に体が固くなってしまいます。
わたしは途方に暮れました。

「痛かったらやめるから」

「いや」

お兄ちゃんはわたしの体をがっちり掴んで、身動きできないようにしました。
先端が、入ってきました。

わたしは……覚悟していたはずなのに、覚悟が木っ端微塵になりました。
想像を絶する純粋な痛みに、股を引き裂かれるようでした。
わたしは全身の力のありったけで、身もだえして、上に上に逃れました。

ベッドのヘッドボードに、頭が当たりました。

「あああああ……」

(続く)

●連載270(ここでの連載089)●
2002年4月21日(日)22時20分

突然ふっ、と痛みが消えました。
のしかかっていたお兄ちゃんの重みが、離れていきました。

なにが起こったのだろう、とまごついてわたしが目を見開くと、
膝の向こうに、お兄ちゃんがうずくまっていました。

わたしはとっさに体を横にひねって、丸見えの部分を隠しました。
お兄ちゃんはわたしの横にやってきて、また腕枕をしました。

「……どうしたの? お兄ちゃん」

わたしの頭を抱き寄せながら、お兄ちゃんが囁きました。

「泣かないでくれ」

まるで痛みをこらえているような、かすれた声でした。
言われてみて初めて、自分が涙を滲ませていたことに気づきました。

「ごめんなさい……泣くつもりじゃなかったのに。
 お願い、もう一度」

お兄ちゃんは何度もため息をついてから、ぽつりと言いました。

「すまん……できない」

「どうして?」

「お前が泣いてるのを見て、心臓が止まった……。
 ……○○、聞いてくれ」

お兄ちゃんの声音に、甘さは欠片もありませんでした。
わたしは震えを抑えようと、お兄ちゃんにしがみつきました。

「俺は……お前の花嫁姿が見たい」

「え?」

「平凡な結婚をして、男の子と女の子を産んで、
 ふつうの……あたたかい家庭を、作ってほしいんだ」

語りかけるというより、遠い憧憬どうけいを夢見ているようでした。
それだけで、わたしには、わかってしまいました。
わたしのことだけでなく、それがお兄ちゃん自身の将来の夢だと。

気づかなければ良かったのに、と思いました。
いまならまだ、もう一度涙を見せれば、お兄ちゃんを思いのままにできる……
全身の細胞がそう叫びました。
目のくらむような誘惑でした。

でも、お兄ちゃんと同じ、冷たい家庭に育ったわたしには、
「ふつうのあたたかい家庭」を追い求める、
お兄ちゃんの夢をないがしろにすることはできませんでした。

たとえそれが、小さい子供を理解できないわたしには無縁のものだ、
と遠い昔にわたし自身が抹殺してしまった夢であったとしても……。

わたしはお兄ちゃんと結婚できません。
わたしはお兄ちゃんの子供を産めません。
わたしはお兄ちゃんに、ふつうのあたたかい家庭をあげられません。

心臓を握られて、冷たい水の中に引きずり込まれたようでした。
なかなか返事ができませんでした。
一語を発するのに、これほど努力が必要だったことはありません。

「わ、か、った……」

「○○?」

意外そうな声でした。

「これからは、ふつうの兄と妹になるんだね」

「……ああ」

まだ、迷っているような声でした。

「夜が明けたら、ただの妹になる。
 それまでで良いから、このままで居させて……」

「ああ」

お兄ちゃんの返事は、深いため息のようでした。
わたしはお兄ちゃんの肩に頭をもたせかけて、まぶたを閉じました。
強い汗の匂いがしました。

たとえ一夜だけでも、最後まで結ばれなくても、
今夜だけは、お兄ちゃんと夫婦になったつもりでした。
このまま朝が来なければ良いのに、と心底から思いました。

お兄ちゃんがわたしの背中に、毛布と布団をかけてくれました。
でもわたしは、疲れ切っているはずなのに、眠れません。

真夜中になって、わたしはそっとベッドを抜け出しました。
下着を身に着け、服を着て、コートを羽織り、マフラーを巻きました。
出がけにふと気が付いて、メモ用紙に走り書きを残しました。

「すぐ戻ります」と。

見慣れない夜更けの道を歩きました。
灯りの少ないほうを目指して行くと、田んぼのあぜ道になりました。
見渡す限り、人も家も、月も星も見えません。

刺すような冷たい風が吹いていました。

「うわあああああああああああ……」

わたしは歩きながら、声を限りに泣きわめきました。
慟哭どうこくは、だれの耳にも届かぬまま、果てのない闇に吸い込まれていきました。

(続く)


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