↑↑↑この無料ホームページのスポンサー広告です↑↑↑


お兄ちゃんとの大切な想い出 連載251〜260

「お兄ちゃんとの大切な想い出」に掲載した連載251〜260(ここでの連載070〜079)を抽出したものです。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)

241〜250
251252253254255
256257258259260
261〜270

●連載251(ここでの連載070)●
2002年3月19日(火)22時45分

お兄ちゃんは怪訝そうに、わたしの顔を覗き込みました。

「ふふふふ……だいじょうぶ、なんでもない」

やっぱりお兄ちゃんだけは特別なんだ、と思うと、
わたしは笑みがこぼれるのを抑えられませんでした。

熱は下がりましたけど、微熱は残りました。
結局わたしは、2週間ほど寝込む羽目になりました。

日曜学校にも顔を出さないので、心配したUとVが見舞いに来ました。
Vの持ってきたお見舞いの花を生けながら、Uが言いました。

「なんや○○、ずっと寝込んどったんか。
 水くさいなぁ。言うてくれたら飯ぐらい作りに来たったのに」

「そうだよー。ケーキ持ってきたのにー」

「寝込んでいるときにケーキはあんまり……」

「そういう問題とちゃうやろ?
 兄ちゃんが帰ってきてるもんやから邪魔されたくなかったんか?
 それともわたしらのことコロッと忘れてしもうたんか?」

Uの唇が、意地悪な猫口のカーブを作りました。

「えっと……その……忘れたわけじゃないけど」

図星でした。

「まぁええけどな。久しぶりに兄妹水入らずなんを邪魔しとうないし」

コンコン、とドアがノックされました。

「入るぞ」

お兄ちゃんが、冷たい麦茶とお菓子をお盆に載せて入ってきました。

「ごゆっくり」

お兄ちゃんはそう言って、お盆を置いてそそくさと出て行きます。
女の子3人に囲まれるのは不利だ、と悟ったのかもしれません。

わたしはUとVを見てつぶやきました。

「……もう、邪魔してるかも」

「アンタなぁ……」

Uは苦笑し、Vはきょろきょろしました。
わたしが身を起こして麦茶に手を伸ばすと、Uの眉が上がりました。

「アンタ、まだブラしてへんのか?」

「……わたし、まだブラ着けるほど大きくないし……
 寝るときはブラ着けないのがふつうでしょ?」

「そやけどなぁ……去年よりちょっとはふくらんでるやろ?
 それに……そのパジャマ、チクビが少し透けてるで」

「え? ホント?」

薄い生地の白いパジャマだったので、汗を吸って透けたのかもしれない……と、
わたしは自分の胸を見下ろしました。透けているようには見えません。

「隙あり」

「痛っ」

いきなりUが手を伸ばして、わたしの左胸を揉みました。
手に持ったコップから、麦茶が布団にこぼれてしまいました。

「あ……悪い悪い」

「…………」

パウンドケーキをもぐもぐ頬張っていたVも、手を伸ばそうとして、
わたしの視線の圧力に押し止められました。

「わふぁひはへなはははふへ?」

「当たり前でしょ」

「うーん。まだ固いなぁ……。
 風呂で揉んだらもっと大きゅうなるかもしれんで」

Uは右手をにぎにぎさせながら言いました。

「U、その手を動かすの止めて。
 ところで………揉むと大きくなるってホント?」

わたしはさりげなく、気になる台詞を確かめました。

「自分で揉むより人に揉んでもうたほうが効くらしいで。
 兄ちゃんに揉んでもうたらどないや? にひひひ」

「……U、オヤジくさいよ」

「がーーーん!」

「UはYさんに揉んでもらって大きくなったの?」

「そんなわけないやろ!」

自分から下ネタを口にしたくせに、Uは逆襲されて真っ赤になりました。

「……ところでV、どうしてあなたまで赤くなってるの?」

Xさんとの関係を、もう一度Vに問いつめてみなければ、と思いました。

「ほな、また来るわ」

「ごちそうさまー」

UとVをベッドで見送りながら、考えました。
どこまで冗談かわからないけど、Uの提案は一考の価値があるかも、と。

わたしはまだ微熱が続いているので、お風呂に浸かれませんでした。
蒸しタオルで体を拭いて、ドライシャンプーで髪を洗うだけです。

その夜、わたしは蒸しタオルで背中をこすってもらいながら、
お兄ちゃんに言いました。
背中を向けていて、お兄ちゃんの顔が見えないから言えたのかもしれません。

「……お兄ちゃん」

「ん? なんだ?」

(続く)

●連載252(ここでの連載071)●
2002年3月20日(水)20時15分

「…………」

「どうした?」

「……あのね……わたし、胸小さいでしょ?」

「ん……あ……その、なんだ。これからまだ大きくなるんじゃないか?
 まだ中2だし……って、○○、気にしてるのか?」

「……ちょっとね。UもVもわたしより大きいし……。
 それでね……胸を大きくする方法があるんだって」

「……なんだ?」

「その……揉んでもらうと大きくなるらしいの

ごにょごにょとわたしが言い終えると、
わたしの背中をこするお兄ちゃんの手が、ぴたりと止まりました。
息の詰まるような沈黙が、あたりを支配しました。

どっどっどっと、心臓が口から飛び出しそうでした。
わたしはなんとかこの場を取り繕わなくては、と思いました。

「……お、お兄ちゃん?

お兄ちゃんは少し間をあけて、厳かに返事しました。

「それは……ダメだ」

「そう……」

お兄ちゃんの口調は、「お願い」を許さないものでした。
わたしがうなだれると、お兄ちゃんは蒸しタオルを取り替えて、
わたしに手渡しました。

わたしが黙って自分の胸を拭いはじめると、
お兄ちゃんが悪戯っぽい声で話しかけてきました。

「まぁ……胸を揉むのは問題ありすぎるけど、マッサージならアリかな」

「え?」

「人間の体は血よりリンパ液のほうが多いって知ってるか?
 血液と違ってリンパ液の循環に心臓のポンプは働かないから、
 運動不足で筋肉を使ってないとむくみやすいんだ。
 老廃物が溜まると体に良くないしな。
 リンパ節に向けてマッサージすると、リンパ液の流れがよくなる。
 バストを大きくする効果があるかどうかまでは知らないけどな」

「教えてくれる?」

「ベビーオイルあるか?」

「うん。肌が乾燥したときのために、買ってある」

「オイルを塗り込むと効果的なんだ。
 ホントは風呂上がりにするといいんだけどな」

ベビーオイルの置き場所を教えると、お兄ちゃんはそれを取りに行きました。
わたしはベッドの上で、上半身裸のまま仰向けになって待ちました。
戻ってきたお兄ちゃんは、天井を仰ぎました。

「○○……何でもいいから上に着てくれ」

「別に寒くない」

「そうじゃなくて。目のやり場に困るだろ?」

「服着てたら、オイル塗れないよ?」

「Tシャツだけでいいからさ。頼むよ」

マッサージするお兄ちゃんが、してもらうわたしに頼み事をするというのも、
なにか変でしたけど、お兄ちゃんに頼まれたのでは断れません。

わたしはその頃、Tシャツを着る習慣がなかったので、
代わりに半袖の体操服を頭からかぶりました。

お兄ちゃんは両手にベビーオイルをたっぷり塗ってから、
体操服の裾に手を差し込んできました。

首のつけ根の鎖骨のあたりを起点にして、脇の下に向けて、
繰り返し一方向にこするように指が往復しました。

「脇の下に大きなリンパ節がある。
 リンパ節はリンパ液を処理して綺麗にするところなんだ。
 リンパ液をリンパ節に向けて押し出すようにするのがコツだ」

お兄ちゃんは決して乳首には触れませんでしたけど、
向かい合って覆い被さられるような体勢でマッサージされていると、
どくどくと脈打つ胸のリズムが、お兄ちゃんの指先に伝わるんじゃないか、
と気が気ではありませんでした。

「はぁ……はぁ……気持ち良い……んっ」

「痛かったか?」

わたしは黙って首を横に振りました。
声を殺さないと、変な声が出てしまいそうでした。
わたしがおかしな声を出したら、お兄ちゃんは手を止めてしまう、
と思いました。

やがてお兄ちゃんの手がわたしの胸を離れたので、
わたしは目をつぶって深呼吸できるようになりました。

今度は、おへその下に手のひらが置かれました。
お兄ちゃんはわたしのパジャマのズボンとショーツをずらし始めました。
ハッとしてわたしが目蓋を開くと、お兄ちゃんは言いました。

鼠蹊部そけいぶ……太股のつけ根のところにも大きなリンパ節がある」

お兄ちゃんはわたしのズボンとショーツを、
あそこが隠れるぎりぎりのところまで下ろして、
おへその下から鼠蹊部に向けて、マッサージを始めました。

わたしはシーツをぎゅっと握りしめて、平静を装おうとしましたが、
呼吸が荒くなるのは隠せませんでした。

ちょうど生理が始まる直前だったせいかもしれません。
腰の奥が熱くて、乳首が痛いぐらいに張っていました。

(続く)

●連載253(ここでの連載072)●
2002年3月21日(木)23時30分

お兄ちゃんの手が離れました。わたしが目をつぶってじっとしていると、
わたしの開いた足のあいだに座っていたお兄ちゃんはベッドから降り、
ポットのお湯で絞った蒸しタオルで、わたしのお腹と胸を拭きました。

「マッサージは終わりだ。俺は、風呂に入ってくる。お前は先に寝てろ」

お兄ちゃんはそう言って、わたしの体操服の裾を下げ、部屋を出て行きました。
でもわたしは、体の芯に火がついたようになっていて、
とても眠るどころではありませんでした。

オナニーの時にはいつも、部屋の鍵を締めてお尻の下にタオルを敷き、
マッサージャーを机の引き出しから取り出すのですが、
この時のわたしには、そんな余裕はありませんでした。

わたしはお尻まで濡れたショーツの下に、右手を差し込みました。
お尻にかいた汗とは違う液体で、あそこはもうぬるぬるしていました。

いつもは指を入れない大事なところに、薬指を浅く入れて、
その上の敏感な部分を人差し指と親指でいじりました。
目の奥で火花が散るような快感は、恐怖にも似ていました。

「お兄ちゃん……」

わたしが全身を硬直させて、ぐったりするまで1分もかかりませんでした。

しばらくして落ち着くと、びしょびしょになったショーツが気になってきました。
座り直してパジャマのズボンを下ろしてみて、わたしはあわてました。
お尻のところが丸くシミになっているだけでなく、シーツまで濡れていました。

わたしは大急ぎで、タンスから新しいパジャマと下着を出して着替え、
汚れたショーツとズボンを丸めて隠しました。
シーツを替えるには疲れすぎていたので、その上にバスタオルを敷きました。

わたしはベッドに倒れ込むように横になり、すぐに眠りに落ちました。
風邪が完全に治るまで、オナニーは控えよう、と思いながら。

ふと目覚めると、わたしの体にはタオルケットがきちんとかけられていました。
もう真夜中でした。お兄ちゃんがかけてくれたんだ、と思って首を回すと、
赤いライトに照らされた、お兄ちゃんの寝顔が見えました。

わたしの風邪が治るまで様子を見る、ということで、
お兄ちゃんは、わたしのベッドの横に布団を敷いて寝ていたのです。

お兄ちゃんは寝相が悪くて、タオルケットを蹴飛ばしていました。
肩の見えるシャツと短パンしか身に着けていません。

わたしはベッドから降りて、お兄ちゃんの肩にタオルケットをかけました。
間近で見ると、お兄ちゃんの寝顔は、微かに笑っているみたいでした。

このまま上から抱きつきたい、という衝動が、わたしを支配しました。
それと同時に、そんなことをしたら嫌われるかもしれない、という不安が、
わたしを縛りました。

わたしは身動きできなくなって、そのままの体勢で、ずいぶん長いあいだ、
お兄ちゃんの枕元に座っていました。

ふと目蓋を開くと、わたしはなぜかお兄ちゃんの腕を抱いていました。

「え?」

一瞬で目が覚めました。

「○○がこんなに寝相悪いなんて知らなかった。
 ベッドから落ちて転がってきたんだな」

お兄ちゃんがからかうような声で、そう囁きました。
わたしはバッと起きあがり、ベッドのタオルケットの下に潜りました。

「くっくっく……もう笑わないから、出てこいよ。
 朝ご飯持ってくる。お腹ペコペコだ」

朝ご飯のトーストを囓りながら、わたしが黙っていると、
お兄ちゃんが手のひらをわたしの額に当てました。

「もう熱はないみたいだな。少しずつ体動かさないと、なまっちゃうぞ。
 出歩けるようになったら、バイクでどっか行こうか?」

「バイクで?」

病院に行くとき、庭に停めてある大きなオートバイをちらっと見ていました。

「ああ、週末が来ると走りに行ってたからな。
 けっこう運転上手いんだぞ俺は。お前の分のヘルメットも買ってある」

「面白い?」

「すごく面白い。自分が風になったみたいな気がしてくる。
 電車や車とは全然違う」

「バイクは転ぶと危なくない?」

「まぁ……車と違ってシートベルトは無いからな。
 でも俺は安全運転だから、事故ったりしないさ」

この時の約束を果たすまで、わたしはさらに1週間のリハビリが必要でした。
その日の朝、お兄ちゃんが言いました。

「今日は夕方から出かけるから、たっぷり昼寝しておけよ」

「夜に出かけるの?」

「昼間は暑くてお前が参っちゃうだろ?」

「バイクに乗るのに、どんな服着たらいいの?」

スカートでは乗れないだろう、とわたしは思いました。
お兄ちゃんは、にやりと笑って返事しました。

「お前のために、上着とズボンが一緒になったツナギを用意してある。
 ブーツと手袋もな。俺に任せとけ」

「手袋も要るの?」

「風に当たると、けっこう寒くなる。それに万が一転んだときの用心だ」

夕方近くなって、お兄ちゃんは真新しい白いジャンプスーツと手袋を、
わたしの部屋に持ってきました。
お兄ちゃんは、茶色の革ジャンを着ていました。

「出発だ」

お兄ちゃんもわたしも、なぜかしらうきうきしていました。

(続く)

●連載254(ここでの連載073)●
2002年3月25日(月)23時05分

玄関で短いブーツを履き、フルフェイス型のヘルメットをかぶりました。
顎紐をきちんと留めているか、お兄ちゃんが念入りに点検しました。
わたしはなんだか、宇宙服を着せられたような気がしてきました。

お兄ちゃんが家の前の道にバイクを押して来て、エンジンをかけました。
ドドドドドドというお腹の底に響くような低いエンジンの音が、
うなり声のように伝わってきました。

「横に短いステップが畳んであるだろ。短い棒みたいなヤツ。
 それを両側とも起こして、左側のを足場にして一気にまたがるんだ。
 降りたら元通り畳む。一回やってみろ」

ゆっくりまたがろうとすると、うまくいきません。
お兄ちゃんの腰を掴んで、思い切って右足を大きく振り上げると、
バイクの後ろの席にまたがることができました。

地面は思ったより遠くて、両足ともぜんぜん届きません。
腰のほうから、小刻みなエンジンの振動が伝わってきました。

「腕を前に回して、もっとしっかり掴まるんだ。
 気を抜いてるとスタートのとき後ろに落ちるぞ」

腕に力を込めて、ぎゅっとお兄ちゃんの背中に胸を押しつけました。

「行くぞ」

背中を引っ張られるようなショックとともに、バイクが走り出しました。
エンジンと風の音に負けない大声で、お兄ちゃんが言いました。

「カーブでバイクを倒したときは、その方向に一緒に倒れるんだ。
 俺がするとおりに真似しろよ」

電車や車とはまったく次元の違うスピード感でした。
向かい風のほとんどは、お兄ちゃんの体で遮られましたけど、
風を切って疾走する感覚を、わたしは初めて知りました。

ヘッドライトの光に切り取られた地面が、闇の中から湧いてくる。
一瞬の後に、お兄ちゃんとわたしを乗せたバイクが駆け抜ける。
車を追い越すときに、後ろから引かれる力に逆らう。
カーブでは、世界が斜めになる。

どれぐらい時間が経ったのか、自動販売機がいくつも並んでいる所で、
バイクが停まりました。

「休憩。降りてコーヒーでも飲もう」

わたしは腕と体に力を入れすぎていて、ぎくしゃくと地面に降り立ちました。
地面を踏む足の裏が、なんだか頼りないような気がしました。
お兄ちゃんはヘルメットを脱いで、にやにやしながらわたしに顔を向けました。

「どうだ? 怖かったか?」

「ううん……怖くはなかった。おもしろかった」

「ふぅん。お前も意外とスピード狂の素質があるのかな?」

わたしもヘルメットを脱ぐと、プルタブを上げた缶コーヒーを手渡されました。

「車の少ない道を通ってきたから、臭くなかっただろ?」

「うん」

「トレーラーの後を走ったりすると、排気ガスで息が詰まるよ。
 ……そうだ。対向車線をバイクがやってきたら、Vサインを出すんだ」

「Vサイン?」

「ピースサインって言うんだけどな。バイク乗り同士の挨拶さ。
 ハンドルで手がふさがってるから、大きく手を挙げられないだろ?
 お前もやってみろよ」

「うん」

また走り出して、交差点で停まりました。
向かい側の横断歩道の停止線に、黒い大きなバイクが停まっていました。

お兄ちゃんがピースサインを出しました。
わたしも、左手を離して、ピースサインを作りました。
黒いバイクの男の人が、右手を少し挙げてピースサインを返してくれました。

信号機の色が変わって、走り出しました。

「な?」

「うん」

見知らぬ人と挨拶を交わすのに、わたしはどきどきしました。
それから、対向車線にバイクが現れないかと、目で探すようになりました。

バイクは山のほうに向かっているようでした。

「お兄ちゃん!」

「なんだー!」

「どこに行くのー?」

「俺がこないだから走りに行ってるとこだ。おもしろいぞー」

風を切る音の中で話をするには、思い切り大声を上げなくてはいけませんでした。
やがて道は、うねうねしたカーブの多い上り坂になりました。
前や後ろを走る車やバイクはなく、対向車もほとんどありません。

片側は山を切り崩した岩壁、反対側のガードレールの向こうは谷底です。
カーブはだんだんと急になってきました。
スピードを落とすのかと思ったら、バイクの倒れる角度が深くなりました。

わたしは必死にお兄ちゃんの腰にしがみついて、いっしょに体を傾けました。
お兄ちゃんとわたしとバイクが1つになって、山の中のカーブを駆け抜けました。
喉から心臓が飛び出してくるような気がしました。

見ると、足の下をセンターラインが凄い迅さで流れて行きました。
時々ちらりと、真っ黒な谷底がガードレール越しに見えました。
生きた心地がしませんでした。

カーブを抜けるとき、足の下のほうで火花が流れました。
バイクのステップが路面に接して、アスファルトを削っているのです。
わたしは舌が凍り付いてしまって、「停めて」という声も出せません。

バイクの車体を倒しすぎたのか、ステップに重みがかかって、
一瞬後輪が浮きました。わたしは「死ぬ。いま死ぬ」と思いました。

(続く)

●連載255(ここでの連載074)●
2002年3月26日(火)18時00分

バイクの後輪が浮き上がってつんのめるようになったのは、
時間の流れに換算すると、たぶん数分の1秒に過ぎなかったと思います。

わたしはその短い刹那に、お兄ちゃんの背中に固く掴まって、
確実に訪れるであろう死を待ちました。

死のあぎとに頭から飛び込もうとしているのに、
わたしの恐怖心は振り切れてしまったのか、なんの感慨もありませんでした。

なにも見えず、なにも聞こえず、お兄ちゃんの背中の革の匂いさえ無く、
お兄ちゃんの背中とわたしの体だけが、宙に浮いているようでした。

後輪が接地して、何事もなかったかのように、バイクはカーブを抜けました。
わたしは腕の感覚が無くなるほど強くしがみついて、無言でした。

バイクが小さな広場のような所で停まるまで、わたしの記憶は飛んでいます。
お兄ちゃんはバイクのエンジンを止めました。
騒音が無くなると、妙に空虚な気がしました。

「○○。降りてくれ」

「…………」

わたしが返事をしないでいると、お兄ちゃんは怪訝そうに訊いてきました。

「どうした? まさか……寝てるのか?」

わたしは忘れてしまった言葉を思い出すように、努力して口を開きました。

「腰が……抜けちゃった」

お兄ちゃんのお腹がぴくぴく動いて、笑っているのがわかりました。
笑い事ではありません。
わたしの腰が立たないのでは、2人ともバイクから降りられないのです。

「そのまましっかり掴まってろよ」

言われなくても、お兄ちゃんのお腹に回したわたしの腕の力は、
抜こうと思っても抜けませんでした。

お兄ちゃんはわたしを背中にセミのように掴まらせたまま、
ゆっくりと右足を上げてバイクを降りました。

お兄ちゃんが屈んでわたしの腕を取り、引きはがすように指をほどきました。
わたしはずるずると滑って、コンクリートの地面に尻餅をつきました。

お兄ちゃんが立ち上がって、ヘルメットを脱ぎました。
わたしはまだ、地面にぺたんと座り込んだままです。
お兄ちゃんがわたしのヘルメットを外すと、風が頬に当たりました。

「大丈夫か?」

「だいじょうぶじゃない。死ぬと思った」

「くっくっく……ごめんごめん。そんなに怖がるとは思わなかった。
 立てるか?」

お兄ちゃんが右手を差し伸べました。
お兄ちゃんは時々、ひどく不謹慎になります。
あんなに怖がらせておいて、笑うのはひどいと思いました。

わたしは顔をそむけて、背中をお兄ちゃんに向けました。

「知らない」

脇の下に手を入れられて、引き上げられました。
わたしを後ろから抱きしめて、お兄ちゃんが耳元で囁きました。

「ホントにごめん。悪かった。機嫌直してくれよ」

わたしは口をとがらせて、うなり声をあげました。

「あんな運転してたら、お兄ちゃん死んじゃうよ?」

「う〜〜ん。そうかなぁ? 今日はお前がいたから、
 いつもより抑え気味にしたんだけど」

わたしは呆れて物も言えませんでした。ふとバイクに目をやると、
ステップの先端の下側が斜めに削れていました。
1回や2回であんなに削れるはずがありません。

わたしが黙っていると、お兄ちゃんはベンチに座りました。
わたしはお兄ちゃんの膝の上です。

わたしはハッとして、勢いよく立ち上がりました。

「○○、どうした?」

お兄ちゃんも腰を浮かせました。

「ちょ……ちょっと、トイレ」

わたしは早足で、広場の角にあった公衆トイレに駆け込みました。
さっきの臨死体験のとき、おしっこを少し漏らしたような気がしたのです。

狭い個室の中で、ジャンプスーツを膝まで下ろすのは大変でした。
薄暗い灯りの下で、ショーツを下ろして見ると、シミにはなっていませんでした。

わたしはホーッと安堵のため息をつきました。
替えの下着なんて、こんな山の中では買えないからです。

おしっこを済ませてからまた苦労してジャンプスーツを着込み、外に出ました。
お兄ちゃんはベンチに座って、煙草をふかしていたようです。
何食わぬ顔をしていても、灰皿から煙が出ていればわかります。

わたしはお兄ちゃんを無視して、広場の外側の柵にもたれかかりました。
近づいてくるお兄ちゃんのブーツの足音が聞こえました。

「綺麗だな」

「え?」

「夜景が綺麗だろ? お前にこれを見せたかったんだ」

そう言われて初めて、いままで視界に入っていたのに、
気にも留めていなかった眼下の夜景に目の焦点が合いました。

山の上から見下ろした街の灯りは、宝石箱をぶちまけたような彩りでした。
星空より明るく、人々の営みを表しています。

「ホントに……綺麗」

「なっ」

わたしの機嫌は、あっさり直っていました。

(続く)

●連載256(ここでの連載075)●
2002年3月27日(水)18時00分

お兄ちゃんと2人で、夜風に当たりながら夜景を眺めていました。
やがてお兄ちゃんは、バイクのタンクにくくりつけたバッグから、
スクイズボトルを出して持ってきました。

お兄ちゃんはストロー口をくわえてごくごく飲んでから、
わたしにボトルを手渡しました。

「喉渇いただろ。飲めよ」

「ありがとう」

口を付けて吸ってみると、生ぬるいスポーツドリンクでしたけど、
喉がからからに渇いていたせいか、とても美味しく感じられました。

帰り道のコーナーリングは、往路でさんざん慣らされたせいか、
それとも恐怖心のストックがもう尽きてしまったのか、
お兄ちゃんと一体になって駆け抜けるのを楽しむことができました。

お兄ちゃんといっしょなら、どこまでも走っていけるような気がしました。
もちろんそれは錯覚で、あっという間に家に着いてしまったのですけど。

夜も更けていたので、その日はシャワーで汗を流してから、
はやばやとベッドに入りました。

ベッドの中で、タオルケットにくるまって、ツーリングの興奮を思い出しました。
お兄ちゃんの言った「面白い」という意味、血が騒ぐような感覚を……。

一夜明けると、昨日とは違う日が始まるような気がしました。
世界が変わったのではなくて、わたし自身が昨日とは少し変わったような。
これが大人になっていくということだろうか、と思いました。

お兄ちゃんと過ごす日常は、新鮮でした。
いっしょにいろんな所に出かけて、いろんな景色を見れば、
わたしはもっともっと変わっていく……そんな気がしました。

お兄ちゃんといっしょだと、思い切り息を吸い込んで、
そのまま息を詰めているような、もどかしいような、期待感がありました。
居間のソファーで、2人なにをするでもなく、ぼんやりしている時でさえ。

その日わたしはいつの間にか、居眠りをしていました。
ふと目を覚ますと、お兄ちゃんが居ません。
買い物にでも出かけたんだろうか、と眠い目をこすりながら考えました。

玄関でチャイムが鳴りました。
こんな時間に誰だろう、と首をかしげました。
セールスだったら嫌だなぁ、と思いながらドアを開けました。

満面の笑顔をしたお兄ちゃん……と一瞬見違えました。
お兄ちゃんにそっくりな、でも中学生時代のお兄ちゃんでした。

「○○姉ちゃん?」

声まで、お兄ちゃんそっくりでした。

「H……クン?」

「やっぱりそうか。久しぶりやなぁ……」

Hクンが中に入ってきました。わたしはぽかんとして、顔を見つめました。

「○○姉ちゃん、上がってええか?」

「あ、あ……うん。上がって」

わたしと変わらなかったHクンの背は、2年のあいだに伸びていました。
靴を脱いで上がってきたHクンの顔を、見上げなければならないほどに。

「どうしたん? そんなにビックリしたんか?」

「びっくり……した。どうしたの? 急に」

Hクンが家に来るなんて、わたしはなにも聞いていませんでした。
Hクンはきょろきょろと目をそらして、関係ないことを言いました。

「○○姉ちゃんはホンマに変わったなぁ。見違えたわ。
 髪そんな短いなんて知らんかった。
 俺は長い髪しか覚えてへんかったから……」

Hクンが右手を挙げて、わたしの髪に触ろうとしました。
わたしは無意識に、飛び退いていました。
肩ががちがちに強張っているのに気が付いて、自分の胸を抱きました。

Hクンがバツの悪そうな顔をして、腕を下ろしました。

「あ……ごめん」

「あ……いいの。居間で待ってて。冷たいお茶淹れるから」

わたしはくるりと背を向けて、台所に急ぎました。
冷蔵庫から氷を出して、アイスティーを作りながら、考えました。
Hクンは従弟なんだし、本当は弟なんだから、恐れる必要はない、と。

リビングのソファーで手持ちぶさたにしているHクンのところに、
お盆に載せたアイスティーを持っていきました。

喉が渇いていたのか、Hクンはストローも使わずに、ごくごく飲みました。
何気ない仕草まで、お兄ちゃんに似ていました。
わたしが向かいに座って黙って見ていると、Hクンは目を伏せて呟きました。

「俺……来たらアカンかったかな?」

「え? そんなこと、ないけど」

「俺、○○姉ちゃんに会えてめっちゃ嬉しかったんやけど……
 姉ちゃんはそうやないみたいやし……」

「あ……ちょっと、びっくりしただけ。
 わたしもHクンにまた会えて、嬉しいよ」

わたしは努力して、微笑みを作りました。Hクンの顔が、パッと明るくなりました。

「ホンマ? 俺なぁ、ずっと○○姉ちゃんに会いたかった」

眩しいほどの、翳りのない笑顔でした。

(続く)

●連載257(ここでの連載076)●
2002年3月28日(木)20時40分

わたしは、ああ、こういうところはお兄ちゃんと違うんだ、と思いました。
Hクンの屈託のない笑みは、お兄ちゃんにはありませんでした。

「○○姉ちゃん……去年は来てくれへんかった。
 俺、いい子にして待ってたのに?」

Hクンは拗ねたような言い方をしました。

「あ……ごめんなさい」

「ええねん。姉ちゃん病気やったんやから。
 そやから俺、1人でこっちに来ようと思ったんや。
 そやのに、お母ちゃんが絶対アカン、て言うて……。
 姉ちゃんは小6で一人旅したのに、
 俺は男やのにアカンやなんて、おかしいわ。
 そやから俺、黙って出てきてん」

わたしはびっくり仰天しました。

「え? Hクン……家出してきたの?」

「家出なんて大げさなもんとちゃう。
 友達と遊びに行く言うて朝出てきたから、まだ気づいてへんはずや。
 すまんけど……後で家に電話してくれへん?
 俺が電話したら、すぐ帰ってこい、て怒られるし」

「……旅費は、どうしたの?」

「家のお金は盗ってへんで。お年玉使わんと残してたんや。
 帰ったら説教されるやろうけど、それはしゃあない。
 な? お願いや」

両手を合わせて拝むHクンを見ながら、わたしはハァ、とため息をつきました。
わたしがHクンの味方になることまで含めて、どう見ても計画的な犯行でした。

弟が出来るというのは、こんな気持ちだろうか、と思いました。
くすぐったいような喜びとともに、羨望も湧いてきました。

わたしがHクンのために弁護することも、
両親に叱られても結局は許してもらえるだろう、ということも、
Hクンは疑いもしないんだな、と思って……。

わたしが苦笑しながらうなずくと、Hクンはソファーの背もたれに、
うーんと背中を伸ばしました。

「あーこれで一安心や。
 姉ちゃんに追い出されたら、ホームレスになるとこやった」

「みんな、元気?」

「元気元気。K姉ちゃんとL姉ちゃんは元気良すぎるぐらいや。
 日焼けで真っ黒になってる。○○姉ちゃんは相変わらず白いなぁ」

「わたしも焼こうと思ったんだけど、赤くなるだけだった。
 Hクンもあんまり焼けてないね」

「お母ちゃんが勉強勉強てうるさいねん。
 今からしっかり勉強しとかんとええ高校に入られへんていうて。
 夏休みに入ってからずっと勉強漬けや……」

「健康だったら、運動もしなくちゃね。
 Hクン……ホントに、背が伸びたね。
 お兄ちゃんが中1の頃より、背が高いかも」

Hクンはわたしをまじまじと見つめて、言いました。

「○○姉ちゃんも……変わったな」

「そ……そう?」

「2年前は髪が長くて、すごい大人やなぁ……と思った。
 今は髪短くて、なんや若返ったみたいや。最初見違えたわ」

そんなに子供っぽく見えるのだろうか、と内心がっかりしました。

「そやけど、しゃべり方が落ち着いてて、やっぱり大人やなぁ。
 覚えてたとおりの声で、安心した」

少し目を細めて頬をゆるめたその表情が、
どきりとするほどお兄ちゃんに似ていました。

「なにしてるんだ?」

いきなり声をかけられて、座ったまま飛び上がりました。
振り向くと、リビングの入り口にお兄ちゃんが立っています。

「H……お前?」

お兄ちゃんも、Hクンの家出を知らされていなかったようです。
Hクンは改めて、お兄ちゃんに説明し、ゲンコツを1つもらっていました。

田舎への電話は、お兄ちゃんがかけました。
お兄ちゃんのとりなしで、Hクンは1週間ほど滞在することになりました。

夕食の後、ダイニングでお茶を飲みながら、
お兄ちゃんとHクンがとりとめのない話をしていました。

わたしはHクンとどんな話をしたら良いのかわかりません。
お兄ちゃんと2人の時は、話をしなくても落ち着くのですけど、
3人でわたしだけ黙っているのは、なんともいえず気詰まりでした。

「そろそろ風呂に入るか? 汗かいただろ?」

お兄ちゃんがHクンに言いました。

「うん。△△兄ちゃん、久しぶりにいっしょに入ろか?」

そうHクンが答えると、お兄ちゃんがわたしの方を向きました。

「○○もいっしょに入るか?」

「え?」

お兄ちゃんとお風呂で背中を流しっこするのは恒例になっていましたけど、
Hクンの前で堂々と誘われたのには驚きました。

「くっくっく……2人ともなに赤くなってるんだ。冗談に決まってるだろ?」

見ると、Hクンも真っ赤な顔をしていました。

「俺は後でHと2人で入るから、○○が先に入ってくれ」

(続く)

●連載258(ここでの連載077)●
2002年3月29日(金)21時25分

「うん」

わたしが足早に立ち去ろうとすると、お兄ちゃんは追い打ちをかけました。

「H、風呂場を覗くと嫌われるぞ?」

「そんなことするわけないやろ!」

わたしは振り返って、お兄ちゃんを睨みつけました。
やっぱりにやにや笑っています。

「お兄ちゃん!」

「くくく……すまんすまん。Hの反応があんまり可愛いもんでな」

「△△兄ちゃん嫌いや」

Hクンはふくれっ面でそっぽを向いていました。
お兄ちゃんは時々、ひどく悪のりすることがあります。
わたしはHクンの怒りを和らげなければ、と思いました。

「Hクン……ごめんね。お兄ちゃんと仲直りしてくれる?」

「……○○姉ちゃんが謝ることと違うけど……わかった」

「H、すまん。
 ところで、今のうちにトレーニングに付き合ってくれ。
 お前も少しは走らないと運動不足になるぞ。
 ウェアは貸してやるから」

「えーー? △△兄ちゃんの『少し』は少しとちゃうやん」

Hクンは嫌がりながらも、お兄ちゃんに引っ張られて行きました。
わたしはそのあいだに、お風呂に入ることにしました。

湯船に肩まで浸かって、天井を見上げながら考えました。
わたしも元気だったら、お兄ちゃんたちといっしょに走れるのに、と。

わたしが自分で頭を洗うのは、久しぶりでした。
腕のだるさに、お兄ちゃんに頼りすぎていたことを実感しました。

お風呂から上がってパジャマに着替え、お兄ちゃんたちの帰りを待ちました。
平然とした様子のお兄ちゃんと、苦しそうに息を切らせたHクンが帰ってきました。

「H……だらしないぞ。あれっぽっち走ったぐらいで」

「ぜえ、ぜえ……△△兄ちゃんは化けもんやで……」

2人のおしゃべりは、途切れることがありませんでした。
田舎でもこうして、仲の良い兄弟のように過ごしているのだろうか……
そう思うと、胸がちくりと痛みました。嫉妬だったのかもしれません。

「○○は先に寝てていいぞ」

そう言って、お兄ちゃんはHクンとお風呂場に向かいました。
わたしは自分の部屋のベッドに入って、横になりました。

1人で寝るベッドは、ひどく広々としていました。
お兄ちゃんとHクンに、置いて行かれたような気がしてきました。

やがて、階段を上る足音が聞こえてきました。
こんこん、とノックの音がしました。

「はい」

ドアが少し開いて、顔が覗きました。

「○○、おやすみ」

「○○姉ちゃん、おやすみなさい」

「おやすみなさい……」

目をつぶってじっとしていても、なかなか寝付けませんでした。
わたしはそっと起き出して、部屋を出ました。

お兄ちゃんの部屋のドアに耳を近づけると、まだ低く話し声がしています。
しばらくためらってから、わたしはドアを軽くノックしました。

ドアが開きました。お兄ちゃんの怪訝そうな顔が覗きました。

「どうした?」

「……わたしも、お話聞いて良い?」

部屋の奥から、Hクンの弾んだ声がしました。

「○○姉ちゃんも来たん?」

「うん。1人だと、仲間はずれみたいだから」

お兄ちゃんの脇を通り抜けて部屋に入ると、ベッドの横に敷いた布団に、
Hクンが寝そべっていました。

「○○はベッドに寝るといい。俺はHと寝る」

お兄ちゃんのベッドに入って、匂いを吸い込むと、ホッとしました。
お兄ちゃんはHクンの布団に入って、くっつきました。

「お兄ちゃん、窮屈じゃない?」

「なーに、夏だからな、布団から転げ出しても風邪ひいたりしないさ」

お兄ちゃんとHクンの、ひそひそとしゃべる声を子守歌にして、
わたしは眠りに就きました。

ふと、なにかの物音で目が覚めました。
寝惚け眼で振り向くと、薄暗い部屋に立つ影が見えました。
お兄ちゃんとHクンが、ごそごそと身支度をしているようでした。

「お兄ちゃん?」

「○○、起こしちゃったか?」

「どこに行くの?」

「ちょっとな……寝苦しいから散歩してこようかと思って」

「わたしも行く」

慌ててズボンを引き上げようとしているHクンの脇を素通りして、
わたしはふらふらと自分の部屋に戻りました。

(続く)

●連載259(ここでの連載078)●
2002年3月31日(日)19時00分

夏とはいっても夜気で体を冷やすといけないので、
わたしはブラウスの上に、薄手のカーディガンを羽織りました。

3人で横に並んで、人気のない夜の道を歩きます。
お兄ちゃんが右側、Hクンが左側、わたしが真ん中で、少し遅れて。

「風が気持ちいいな」

お兄ちゃんがそう呟きました。
3人で夜道を歩いていると、2年前の祭りの夜を思い出しました。

あの時は3人で手をつないでいました。
いまは、3人とも別々に歩いています。

Hクンと手をつなぐと、体が強張るかもしれません。
でもHクンの見ている前で、お兄ちゃんとだけ手をつなぐわけにはいきません。

散歩のコースは、1年前にお兄ちゃんと2人で歩いた、夜の散歩と同じでした。
途中で細い道に折れて、以前犬に吠えられた大きな家の前を通りました。

自動販売機が、散歩の終点でした。
お兄ちゃんが立ち止まって、自動販売機で缶コーヒーを買いました。

お兄ちゃんは1本のプルタブを開けて、わたしに差し出しました。
わたしは缶コーヒーを手にして、道路脇の大きな庭石に腰を下ろしました。

「○○姉ちゃん」

Hクンが、ちらちらわたしを見ながら、話しかけてきました。

「なに?」

「ちっともしゃべらへんのな。俺がおったら面白くないか?」

「H……」

お兄ちゃんが割り込もうとしたのを、わたしは目で制しました。

「そんなことないよ。わたしはいつも、しゃべることがないと黙ってるから。
 気にしないで、ね?」

「気にするわ。○○姉ちゃん……なんか、淋しそうやもん」

わたしはハッとしました。
気づかないうちに、Hクンはわたしの表情を見ていたのか、と。

「心配しなくても、良いよ。淋しいのには、慣れてるから」

わたしは微笑みました。でも、Hクンの表情は冴えないままでした。
お兄ちゃんがHクンに歩み寄りました。

「○○は病み上がりだからな、疲れてるんだろ。
 コーヒー飲んじゃったら、そろそろ帰るか? ○○」

「うん」

「○○姉ちゃん……変なこと言うてゴメン」

「良いよ。心配してくれて、嬉しかった」

寄り添って立つお兄ちゃんとHクンを見ていると、これがわたしの兄弟なんだ、
と胸が熱くなりました。

3人ともコーヒーを飲み干して、帰途につきました。
お兄ちゃんが歩きながら振り向いて、言いました。

「お前たち、将来の夢ってあるか?」

「夢? なりたいもんとか?」

「そうだ」

「そやなぁ……まだ決めてへんけど……早く一人暮らししたいわ」

「どうしてだ?」

「お母ちゃんがうるそうてかなわん。勉強せい勉強せい、て。
 大学はこっちの大学にしたいなぁ……ホンマは高校もこっちにしたいぐらいや。
 △△兄ちゃんも、大学はこっちにするんやろ?」

「……たぶんな。
 ○○は、なにかなりたいものあるか?」

「わたしは……自分がなにになれるのか、まだわからない……。
 今は……早く健康になりたい」

「そうだな。健康が第一だもんな。
 丈夫になったら、お前ならなんにだってなれるさ」

「○○姉ちゃん、賢いんやろ? 羨ましいわ」

「中学校の成績なんて、社会に出たらなんの意味もないよ」

そうは言っても、「社会」とはどんなものなのか、
わたしには漠然としたイメージしかありませんでした。

「そらそうやけど……。
 △△兄ちゃんは、もうなりたいもん決まってるん?」

「俺か? 俺は……このままだと、大学に行って、
 卒業したら親父の後を継ぐことになるだろうな……」

なんとなく、歯切れの悪い言い方でした。

「ほかに、なりたいものがあるの? お兄ちゃん」

「ん……ああ、俺がHぐらいの年のときは、料理人になる、って決めてた」

「あきらめちゃったの?」

「んー……いろいろ考えてな……。
 料理人目指すんだったら、高校行かずに修業してるよ」

「そう……」

お兄ちゃんの明るい声が、この時は強がりに聞こえました。

(続く)

●連載260(ここでの連載079)●
2002年4月2日(火)21時00分

暗い夜道を、車のヘッドライトが時折通りすぎました。
わたしが黙り込むと、お兄ちゃんは振り向きました。

「○○、疲れただろ。眠くなったか?」

「……うん。少し」

実際に、まぶたが重くなってきて、まばたきの回数が増えていました。

「○○姉ちゃん、大丈夫か?」

「平気。3人でこうやって歩けるなんて、めったにないもの」

「また来たらええやんか。お祭りはないの?」

「花火大会があるよ」

わたしはHクンを花火大会に誘うと約束しました。
お兄ちゃんの部屋に戻って、また3人で枕を並べて休みました。

Hクンの寝顔を見ようと視線を向けると、Hクンもわたしを見ていました。
その気遣わしげな眼差しは、驚くほどお兄ちゃんに似ていました。

わたしの素っ気ない態度が、気になったのだろう、と思います。
わたしはただ、従弟でもあり弟でもあるHクンに、
どう接したら良いのかわからなかっただけなのですけど。

去年と同じように、UやVたちと花火大会に行くことになりました。
Xさんはもう大学生になっていたので問題はありませんでした。
Yさんは受験生でしたけど、同行するのは決定事項でした。

花火大会の日は、みんなで一度Vの家に集って着替えてから、
Vのお父さんに駅まで車で送ってもらうことになりました。

Vは初めて見るHクンに瞳を輝かせました。

「わーー、お兄さんにそっくりだねー」

と言いながら、VはHクンの肩や背中にぺたぺた触りました。
Hクンは驚いた顔をして、真っ赤になりました。

「V、アンタなにしてるんや」

Uは苦笑していました。Xさんを見ると、肩をすくめて弱々しく笑っていました。

UとVとわたしが浴衣に着替えて出てくると、
HクンはVのあでやかな浴衣姿に目を奪われました。
お兄ちゃんがわたしに囁きました。笑いをこらえているような声でした。

「Hのヤツ、わかりやすいなぁ。あいつも男なんだな」

「うん」

「妬けるか?」

「……ちょっと悔しいかも」

目的地の駅で電車を降りて、7人で広がって歩きました。
人数が多いので、UとYさん、VとXさん、お兄ちゃんとHクンとわたし、
それぞれ組になって行動することにしました。

お兄ちゃんは何気ないふうに、Hクンに言いました。

「H、Vちゃんが気に入ったか?」

「え? なにが?」

「お前ずっとVちゃんばっかり見てただろ。
 気持ちはわからんでもないが……VちゃんはXさんと付き合ってる。
 手を出すなよ?」

「そ、そ、そんなこと考えてへん」

「そうか? ならいいんだけどな。
 お前がVちゃんばっかり見てるから、○○が妬いてたぞ」

お兄ちゃんのからかい癖が、また出てきたようでした。

「え、え? ○○姉ちゃん、ホンマ?」

「知らない。Vは綺麗だから、見とれるのは無理ないと思うよ」

わたしの口調は、必要以上に冷たかったかもしれません。

「い、いや、そんなことないって。
 ○○姉ちゃんの浴衣、めっちゃ似合うてる」

「わかるの? わたしのほうをちっとも見てないのに」

「あんまりじろじろ見てたら怒られるんちゃうか、て思うて……」

Hクンはしどろもどろでした。

「○○、人が増えてきた。歩きにくいだろうから、手をつなごう」

お兄ちゃんがわたしの手を取りました。
手を伸ばそうかと迷っている様子のHクンに、わたしは言いました。

「Hクン、男の子だから1人で歩けるよね?
 3人で手をつないだら、人混みを避けにくいし」

Hクンはありありと落胆しているようでした。

「くっくっく、H、○○に嫌われたみたいだな……すまん」

わたしに睨まれて、お兄ちゃんは軽口を引っ込めました。

2年前のお祭りでは、3人で手をつなぎました。
でも、もうHクンもわたしも、子供ではありませんでした。

Hクンの出生の秘密を知ったわたしは、
もうあの夏の日は戻ってこないのだ、と自分に言い聞かせました。

遠くで花火が上がりました。
わたしには、それが夏の日の終わりを告げる合図のように聞こえました。

(続く)


動画 アダルト動画 ライブチャット