↑↑↑この無料ホームページのスポンサー広告です↑↑↑


お兄ちゃんとの大切な想い出 連載221〜230

「お兄ちゃんとの大切な想い出」に掲載した連載221〜230(ここでの連載040〜049)を抽出したものです。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)

211〜220
221222223224225
226227228229230
231〜240

●連載221(ここでの連載040)●
2002年2月3日(日)18時45分

「さ、2人とも上がって……Vはちょっとこっちに来て」

「なにー?」

わたしはVを廊下の壁に押しつけて、囁きました。

「忘れてないと思うけど……お兄ちゃんに抱きついたら、
 Vに不幸な事故が起きるかも……」

わたしがにっこりすると、Vは顔を引きつらせてうなずきました。

「わわ、わかったよー」

Vと連れ立ってダイニングに入ると、
Uがちゃっかりお兄ちゃんの隣に座って、談笑しています。

「へぇ、○○がそんなことを……」

「はい、お兄さん。○○ってあれで……」

「……U、お兄ちゃんになにを言ってるの?」

「あ、いや、別になんでもあらへん」

Uは口をつぐんで、そっぽを向きました。
油断も隙もない……こめかみに血が集まるのがわかりました。
わたしはお兄ちゃんの椅子の背を、両手で掴みました。

「お兄ちゃん、ちょっと立って」

「ん? なんでだ?」

疑問を口にしながら、お兄ちゃんは立ち上がりました。

「ここはVの席ね。お客様には並んで座って貰わなくちゃ」

「えー? わたしあっちでもいいよー?」

空気を読めていないVが、異議を申し立てました。

「V……椅子を手にしてる○○に逆ろうたらアカン。わかるやろ?」

「あ! うん、わたしこっちに座るねー」

Vがあわてて椅子に座りました。

「……? なんなんだ?」

お兄ちゃんは狐につままれたような顔をして、向かい側に腰を下ろしました。

「お兄ちゃんは気にしなくて良いの。
 U、V、わざわざ来てくれて嬉しい」

「ホンマか……?」

「疑問でもあるの?」

「ま、エエけどな。今日はアンタにプレゼントを持ってきたんや。
 Vと2人で選んだんやで」

Uが綺麗にラッピングした包みを差し出しました。

「これ、わたしに? でも、わたしはなんにも用意してないんだけど……」

「気にせんでエエ。アンタをビックリさせたろ思うてな。
 ほら、開けてみ」

わたしが包みのリボンをほどき、包装を剥がすと、
ブックカバーと栞のセットが出てきました。

「ありがとう。とっても嬉しい」

「うんうん……そんだけ嬉しそうやったら贈った甲斐があるちゅうもんや。
 アンタの兄ちゃんの顔も見れたしな」

Uはまだ、お兄ちゃんと話したくてうずうずしているようでした。
わたしは、なんとかして2人の口を封じねば、と思いました。

「せっかく来てくれたんだから、ケーキ食べて。
 2人で2個もケーキがあるもんだから、食べきれないの。
 ちょうど紅茶も淹れたところだし。
 お兄ちゃん、良いでしょ?」

「ああ、もちろん」

「え、いいのー? やったー」

Vの視線はさっきから、ケーキに据えられていました。

「お兄ちゃん、紅茶運ぶの手伝って」

お兄ちゃんに紅茶を運ばせているあいだに、わたしは食器を出しました。
ケーキを平らげる2人の食欲は、たいしたものでした。

「2人とも、パーティーでお料理食べてこなかったの?」

「食べてきたで」

「すごい食欲ね」

「ケーキがめっちゃ美味しいさかいな」

「お兄ちゃんの手作りだもの」

「ホンマか? アンタの兄ちゃん何者やのん」

ケーキはみるみる減っていきました。残ったのは、2切れだけです。
お兄ちゃんも呆れたのか、目を丸くして見ているだけです。

「このケーキは兄ぃにも食べさしたいなぁ……。
 持って帰ってエエか?」

「今日はお兄さん、いっしょに来なかったんだね」

「外で待っとる。Xの兄ちゃんといっしょに」

「え? この寒い中で? 中に入ってもらわなくちゃ」

「兄ぃが遠慮したんや。大勢で押し掛けたら迷惑やちゅうてな。
 あんまり待たせたら凍えてしまうさかい、もう帰るわ」

「ごちそうさまー。
 あ、○○ちゃん、あとこれ、オマケだよー」

Vが紙袋を差し出しました。

「なに?」

「ママが持って行けーって。わたしとお揃いのパジャマだよー」

Uがいつも着ているパジャマは、とても高級そうでした。

「そんな、高いもの、悪いよ」

「わたしのお古だから、ぜんぜん高くないよー。
 まだ傷んでないけどー、小さくなっちゃったからー。
 ○○ちゃんならぴったりだよー。
 気持ち悪くなかったら、着て欲しいなー」

「うん、ありがたく頂く」

2人は来たときと同じく、風のように去っていきました。
お兄ちゃんといっしょに玄関まで見送ってから、
ダイニングに戻ってテーブルを見ると、竜巻の通り過ぎた後のようでした。

「お前も、良い友達持ったな」

「うん」

「そろそろ片付けるか」

(続く)

●連載222(ここでの連載041)●
2002年2月4日(月)17時20分

「お兄ちゃん、疲れたでしょ? お風呂沸かすから、先に入って」

「じゃ、俺は食器洗っとく」

「たまに帰ってきたんだから、お兄ちゃんはなんにもしなくて良いの。
 座ってて」

わたしは浴槽にお湯が溜まるようにしてから、エプロンを着けて、
食器を洗いはじめました。

「んー、じっとしてると落ち着かないな」

「ふふっ。貧乏性ね。のんびりすれば良いのに。
 ……でも、なんだかまだ夢みたい。最高のクリスマスプレゼントだった」

洗い物をしていても、感極まって何度もハァァと長い息が漏れました。

「ん? さっきUちゃんとVちゃんに貰ったプレゼントか?」

「……? お兄ちゃんが帰ってきてくれたこと」

「え? ……いや、クリスマスプレゼントとお土産はまだ別にあるんだ。
 後で寝る前に渡そうと思ってた」

わたしは歓喜が大きすぎて神経が麻痺してきたのか、
予想を超えて豪華すぎるのが、かえって心配になってきました。

「ホント? ……でも、そんなにお金使ってだいじょうぶ?」

「ははは、お前は心配性だな。
 旅費とお土産代はF兄ちゃんがお金出してくれた。
 ケーキは材料代だけしかかかってない。
 それにバイトしてたから、まだまだ余裕ある」

バイト、と言葉を耳にして、顔も知らないお兄ちゃんの教え子を思うと、
明るかった心に影が差しました。

「アルバイト……続けるの?」

「いや、辞めることにした」

振り向くと、お兄ちゃんは膝の上で指を組んで、目を伏せていました。

「なにか、あった?」

「ん、まぁな……」

「……言えないこと?」

なにがあったのか、訊かずにはいられませんでした。
お兄ちゃんは言いづらそうに、でも、話してくれました。

「……前にお前が言ってたこと、当たってたよ。
 こないだ家庭教師に行ったとき、告白された。
 クリスマスイブはいっしょに過ごしてほしい、ってさ……。
 君は友達の妹で、そんな風には見れないんだ、って言ったら、
 泣きながら抱きついてきた……落ち着かせるのが大変だった。
 それを友達に見られて、妹になにしやがる、って殴られたし、散々だよ」

わたしは身動きもできずに黙って耳を傾けていましたが、
お兄ちゃんが殴られたと聞いて、びくっとしました。

「お兄ちゃん、殴られたの!?」

「まぁ、誤解されてもしょうがない状況だったしな。仕方ないさ。
 後で誤解は解けたよ……解決までもう少しかかるかもしれないけど。
 まっ、そんなわけで、割のいいバイトはおしまいだ。
 これからバイトは気を遣わないで済む肉体労働にするよ。
 そのほうが体も鍛えられるしな……家庭教師はもうこりごりだ。
 そろそろお湯溜まったかな? 風呂に入ってくる」

これ以上は詮索されたくないのか、お兄ちゃんは部屋を出て行きました。
残されたわたしは、お兄ちゃんが知らない女の子の肩を抱いて、
辛抱強くなだめている様子を想像しました。

ハァァァァ、と、さっきとは違うため息が漏れました。
洗い物を終えて、わたしは自分の部屋に着替えを取りに行きました。

わたしはその時なにを考えていたのでしょう?
なにも考えていなかったかもしれない、と思います。

お兄ちゃんの存在に引き寄せられるように、自然に足が風呂場に向きました。
わたしはそうっと服を脱いで、お風呂場の磨りガラスの前に立ちました。

「お兄ちゃん」

耳許で、自分の鼓動が大きく聞こえました。

「○○か? どうした?」

「入って良い?」

「いや……ちょっと待て。すぐに上がるから」

「頭、洗って欲しい。嫌?」

言った自分にも意外に思えるほど、媚びるような声でした。

「あ……それは、嫌じゃないけど」

わたしはガラス戸を引いて、中に足を踏み入れました。
爆発しそうな心臓の音が、お兄ちゃんに聞こえるのではないかと思いました。

お兄ちゃんは湯船に浸かっていて、肩から上しか見えませんでした。
掛け湯をしながら、視線を意識して、肩や背中がカッと熱を持ちました。

振り向くと、お兄ちゃんは天井を見上げました。
浴槽をまたいで入ると、白い入浴剤のせいで、お湯の中は見えません。
お兄ちゃんの開いた脚のあいだに、わたしがしゃがむ形になりました。

目と目が合うと、お互い吸い寄せられるようになって、
お兄ちゃんの手が頬に伸びてきました。

(続く)

●連載223(ここでの連載042)●
2002年2月5日(火)19時35分

お兄ちゃんの指が、そっとわたしの左の頬に触れました。
まるでお兄ちゃんとわたしを取り巻く空気が、凝固したみたいでした。

ざらついた指先が、頬肉を滑りました。
わたしは息を止めて、お兄ちゃんの瞳に見入っていました。

「すべすべだ……」

お兄ちゃんの漏らした声は、ため息に似ていました。
指は顎を撫で、首を撫で下ろし、肩をふにふにしました。

いきなり反対側の脇腹を掴まれて、わたしはびくっとしました。
お兄ちゃんの左手が、お湯の中で伸びてきていたのです。

でも、わたしは口を開けただけで、声をあげませんでした。
一言でも発したら、凝縮した空気が一気にはじけてしまう気がしました。

抱え上げられるようにして、横向きにお兄ちゃんの膝に座りました。
お尻に当たるお兄ちゃんの太股は、固くざらざらしていました。

お兄ちゃんの大きな手のひらが、髪を、うなじを、背中を撫でました。
体の内側では熱が溜まっているのに、背筋を気持ち良い寒気さむけが走るような、
びりびり痺れるような、なんとも言えない感覚がしました。

体中の関節がみんな、ぐにゃぐにゃに溶けていきました。
頭の中が真っ白に飛んだみたいで、なにも考えられませんでした。
わたしはただ、ずり落ちないために、お兄ちゃんの首に腕を回しました。

胸と胸とを密着させると、どっくどっく破裂しそうな鼓動が、
自分のものかお兄ちゃんのものか、区別がつきませんでした。

全身の神経が鋭敏になってきて、腰の奥がきゅっと締めつけられました。
明らかにお湯とは違う液体が、漏れ出していました。

「○○……」

耳許で名前を囁かれて、首にうずめていた顔を上げました。
お兄ちゃんの顔が、触れそうなほど目の前にあります。

どちらからともなく、磁石が吸い付くように、唇を合わせていました。
目蓋が下りたのは、その後でした。

お兄ちゃんの唇が、わたしの唇を吸い、離れて、また吸いました。
上唇と下唇を順番に、はむはむと唇ではさまれて、弄ばれました。

息が苦しくなってきて、口を開けると、ぬるりと舌が入ってきました。
とっさに舌で押し戻そうとしましたが、絡め取られてしまいました。

タバコのヤニとチョコレートの入り混じった、苦い味がしました。
流し込まれた唾液をどうしようもなくて、こくこくと飲み込みました。

お互いに吹き付ける鼻息が、顔をくすぐります。
信じられないことをしている、と頭のどこかが認識する一方で、
理性はどろどろに溶けて流れ去りました。

お兄ちゃんの舌先に、上の歯茎はぐきの付け根をなぞられて、
目蓋の裏を閃光が走りました。

瞬間、未知の恐怖がわたしの心臓を握りしめました。
わたしは体を硬くして、バッと首を反らしました。

「んぁっ……」

声とも鼻息ともつかない音を、漏らしてしまいました。
ハッとしてお兄ちゃんの目を見ると、愕然と見開かれていました。
冷たい水に打たれたように、意識が醒めました。

お兄ちゃんの手のひらが、がっしりとわたしの肩を掴み、
膝から下ろしました。白いお湯が、大きく波打ちました。

お兄ちゃんは視線をでたらめに動かしながら、なにか言おうとしました。

「あ……」

お兄ちゃんの言いたいことが、一瞬早くわかってしまって、
わたしはあわてて両手を上げ、お兄ちゃんの口をふさぎました。

お兄ちゃんとわたしの視線が、空中でぶつかりました。

「良いの……良いの」

わたしは大きくうなずきながら、同じ言葉を繰り返しました。
お兄ちゃんの目から力が無くなりました。
お兄ちゃんは湯船の中で、くるりと回り、壁の方を向きました。

わたしは息を詰めて、黙り込んだお兄ちゃんの背中を見つめました。
別種の恐怖が、わたしの心臓を柔らかく握りました。

今、一言でも間違ったことを口にしたら、兄を永久に失ってしまう、
という怖れでした。

わたしはそろそろと立ち上がって浴槽をまたぎ、
お兄ちゃんに背を向けて、洗い場の椅子に座りました。

「お兄ちゃん」

わたしの心臓はまだ、痛いぐらいに高鳴っていましたけど、
わたしの声は震えてはいませんでした。

「…………」

「頭、洗ってくれるんでしょ?」

お兄ちゃんが無言で立ち上がり、浴槽をまたぐ音がしました。
わたしが目をつぶると、シャワーのお湯が頭にかけられました。

リンス入りシャンプーで泡立てた頭皮を、お兄ちゃんの指がこすりはじめました。
でも、どこか魂の抜けたような、機械的な指の動きでした。

(続く)

●連載224(ここでの連載043)●
2002年2月6日(水)18時30分

いつものお兄ちゃんなら、「気持ち良いか?」とか、
「お客さん、かゆいところはありませんか?」とか話しかけてくるのに、
この時のお兄ちゃんは、終始無言でした。

シャワーでシャンプーを洗い流された後、
泡立てた柔らかいスポンジで背中をこすられました。

少しも痛くない、撫でられているような力の入れ具合でした。
でもわたしには、心地良さに酔っている余裕はありませんでした。
お兄ちゃんの心が遠く離れているようで、不安でした。

右の脇の下から、スポンジを持ったお兄ちゃんの手が突き出されました。
スポンジを取って、自分で前を洗え、というサインでしょう。

わたしはその手の甲を掴んで、スポンジをお腹に当てました。
お兄ちゃんはびくりとして、そのまま手を動かしません。
わたしは、蚊の鳴くような声で言いました。

「お兄ちゃん、ちゃんと洗って……ぜんぶ」

耳許に当たる、お兄ちゃんの深いため息が、熱風のようでした。
お兄ちゃんは左手でわたしの肩を押さえ、右手でゆっくりと、
わたしのお腹をこすり始めました。

やがて、胸の膨らみかけた部分まで上がってくると、
ためらうように動きが遅くなり、じわじわと撫で回されているようでした。

わたしはオナニーの時も、胸をいじったりはしていませんでした。
くすぐったいような、むずがゆいような感じにぞくぞくしました。

息を殺しきれなくなって、今度はわたしがハァァとため息をつきました。
肩までこすり終えると、スポンジはまたお腹に下がりました。

空間そのものが凝結して、時間の流れが遅くなったようでした。
じれったいくらいに下腹を何度も繰り返しこすった後、
スポンジが生え揃ってきた毛の部分を撫で下ろしました。

「いたっ」

お兄ちゃんの手に力が入りすぎていたか、
それともわたしの感覚が鋭敏になっていたのかもしれません。
かすかな痛みがありました。

お兄ちゃんの手がぴたりと止まり、スポンジが下に落ちました。
あ、これで終わりなのか……と思いました。

お兄ちゃんの指が、下腹の泡をすくい、その指で縦筋を撫で下ろしました。
わたしは反射的に腰を後ろに逃がそうとしました。

わたしの肩に添えられていた、お兄ちゃんの左腕が、
いつの間にか前に回っていて、上半身がお兄ちゃんの胸に抱き留められました。

「ぁぁぁっ……」

「○○、もう、毛が生えてるんだな」

目蓋を閉じたわたしの耳許に囁かれたお兄ちゃんの声は、
遠くから響く独り言のようでした。
上から下、上から下、と動く指に神経を集中していたわたしには、
返事もできませんでした。

指の感触がなくなって、わたしが目を開けると、
お兄ちゃんは再びスポンジを手にしていました。
太股、膝、ふくらはぎ、足首、足の指先まで、ていねいに洗われました。

背中にくっついていたお兄ちゃんの胸が離れました。

「○○、立って」

お兄ちゃんの声にうながされて、わたしはふらふらと立ちました。
腰に力が入らなくて、前の壁に手を突きました。

ハッ、と気がつきました。中腰でお尻を後ろに突き出した姿勢だと、
お尻の穴まで丸見えです。

わたしはあわてて左手でお尻を隠してしゃがもうとしました。
お兄ちゃんの左手が、わたしの腰骨を掴みました。

「手が邪魔で洗えない」

感情を押し殺したような、平坦な声でした。
逆らえない命令を受けたみたいに、わたしは手をどけていました。

「これで全部だな」

そう言いながら、お兄ちゃんはゆっくりとお尻をこすりました。
お尻の穴まで見られていると思うと、全身が熱くなりました。
汗ではない液体が、内股を伝ったような気がしました。

お兄ちゃんの手が止まりました。
勢いを強くしたシャワーで、全身のすみずみにお湯をかけられました。

「もう上がるか? 湯冷めする前に」

「わたしも洗う」

振り返ると、お兄ちゃんは壁を向いて椅子に座っていました。
鞭を束ねたような筋肉が、背中に盛り上がっていました。

(続く)

●連載225(ここでの連載044)●
2002年2月7日(木)20時10分

わたしはスポンジを洗って、ボディーシャンプーでよく泡立て、
ごしごしとお兄ちゃんの背中をこすりはじめました。

「背中、硬いね……かちかち」

「ああ……」

お兄ちゃんは、気の抜けた返事しかしてくれませんでした。
わたしは黙々と背中、肩、首、脇腹を磨きました。

もう一度スポンジを泡立てて、お腹を洗おうとすると、
お兄ちゃんの背中に、自然と密着する体勢になりました。
まるで後ろから抱きついて、頬ずりしているみたいに……。

スポンジを左右の手で持ち替えながら、胸、首まで撫で上げました。
こすって乳首が痛いといけないので、ゆっくりと。

次は、いよいよ下腹部です。お兄ちゃんに触れている部分がすべて、
どっくんどっくん脈打つ心臓になったような気がしました。

おへその下を何度も左右に往復してから、スポンジを落としました。
両手でお腹の泡を集めて……手のひらをそろそろと下に……。

その時、お兄ちゃんの手のひらが、わたしの手首を掴みました。
痛いぐらいにがっちりと握られて、身動きできません。

「お兄ちゃん……? 洗えないよ」

「ここは……もういい。後は、自分でやる。
 お前は…………先に上がれ。湯冷めする。
 俺はのんびりしてるから、先に寝ててくれ」

険しい声でそう言って、お兄ちゃんはハアハアと苦しげに息をしました。
手首を解放されて、わたしは立ち上がりました。
振り向いてもくれない大きな背中が、わたしを拒絶しているようでした。

わたしは掛け湯して体に付いた泡を落とし、息を詰め、足音を忍ばせて、
脱衣場に出ました。今ごろになって、体ががくがくしてきました。

小刻みに震える指で、パジャマのリボンを結ぶのに苦労し、
階段を上がる時には、膝が笑ってしまって、手すりに頼りました。

わたしは自分の部屋のベッドに身を投げて、うつぶせになりました。
熱狂していた時間が過ぎ去ると、お風呂場での行為が嘘のようでした。
唇を指でなぞって、少し苦かった大人のキスの味を思い返しました。

どうしてこんなことになったのだろう……。
キスもその後のことも、どうしようもない波に乗ったみたいでした。

その時はそれしか道がないように思えて、終わってみると、
取り返しのつかない事をしてしまった気分にさいなまされています。

「先に寝ててくれ」というお兄ちゃんの命令は、
「今夜はもう、お前とは顔を合わせたくない」という意味でしょう……。

朝になって、お兄ちゃんがまた笑いかけてくれるか、不安でした。
目も合わせてくれなくなったら……と思うと、胸が潰れそうでした。

やがて、お兄ちゃんが階段を上がってくる足音を感じても、
わたしは身じろぎ1つしませんでした

どれぐらいの時間そうしていたのか……ハッと思い出しました。
お兄ちゃんが、寝る前にクリスマスプレゼントとお土産を渡す、
と言っていたことを。

お風呂場での出来事は、なにも無かったことにしなければならない、
と思いました。……なにも無かったようにわたしが振る舞えば、
お兄ちゃんも忘れてくれるかもしれません。

時計を見ると、いつの間にかずいぶん遅い時間になっていました。
お兄ちゃんはもう、眠っているかもしれませんでした。

わたしはベッドから起き上がって、足を踏み出しました。
廊下を挟んだお兄ちゃんの部屋までの道のりが、はるか遠くに思えました。
一歩一歩を慎重に運んで……逡巡しながらたどり着きました。

ノックして、声を掛けました。

「お兄ちゃん……」

「……なんだ?」

返ってきたのは、感情を押し殺したような、硬い声でした。

「入って良い?」

「…………もう、寝たほうがいい」

「プレゼントとお土産、寝る前に渡してくれないの?」

「あ……そうか。入れ」

わたしが中に入ると、お兄ちゃんは灯りを点けました。

「……お前、その格好……」

スエットシャツとパンツを身に着けたお兄ちゃんが、
わたしを見て、目を見開いて愕然としました。

「……変?」

「可愛い……」

「可愛い? ホント?」

思わず顔が熱く火照って、両手を頬に当てました。

「……可愛すぎる……お前、そんな趣味あったか?」

「さっき、Vから貰った。Vが昔着てたんだって。
 可愛いなら、わたしもこういうの買う……」

「あ……それはちょっと……」

お兄ちゃんが言葉を濁したのが、わたしの熱を冷ましました。

やっぱりわたしには、こういうリボンやレースがいっぱい付いた、
ふりふりの可愛いパジャマは似合わないのか……。

わたしがうなだれると、お兄ちゃんはあわててフォローしました。

「いや、似合うって!」

そう言いながらも、お兄ちゃんはわたしを見ずに、視線を泳がせています。

「気休め……」

「違う違う。ただ……もっとこう、シンプルなのがお前らしいかな?
 そういうのは、なんかお前のイメージじゃない気がして……」

「着替えてくる」

背を向けて歩きだそうとすると、お兄ちゃんに制止されました。

「……待て。せっかくの友達からのプレゼントなんだから、
 今夜はそのままで居ろよ。記念写真撮らないと勿体ない……」

カメラの前でポーズを取りながら、考えました。
結局お兄ちゃんは、このパジャマが気に入ったのだろうか?
やっぱりいつものシンプルなデザインのほうが良いのだろうか?
データが矛盾していて、結論は出ませんでした。

(続く)

●連載226(ここでの連載045)●
2002年2月8日(金)20時40分

でも、そんなことはどうでも良い、と思いました。
お兄ちゃんの態度がいつも通りになるんだったら……それで十分。

「お兄ちゃん……プレゼントは?」

「あ」

お兄ちゃんがカメラのファインダーから顔を上げました。

「いけね……すっかり忘れてた」

「もう……」

顔を見合わせて、わたしとお兄ちゃんは笑みをこぼしました。
お兄ちゃんはカメラを置いて、鞄から大きな包みを取り出しました。

「なに?」

わたしはお兄ちゃんに並んで、ベッドの縁に腰を下ろしました。

「これはF兄ちゃんからのお土産。アロエの栽培セットだ。
 手間もかからないし、葉っぱを細かく刻んで食べれば体にいいらしい。
 お前のこと心配してたぞ。電話しとけよ?」

「うん」

「で……こっちがクリスマスプレゼントなんだが……。
 開けるのは明日まで待ってくれ」

手渡された大きな軽い包みは、衣類のようでした。

「……? どうして?」

お兄ちゃんは、困ったような顔をしました。

「実は……これもパジャマなんだ。Vちゃんのとダブっちゃった」

「え? じゃあ、着替えようか?」

お兄ちゃんが選んでくれたパジャマを、すぐに見たかったのです。

「友達からのプレゼントを放り出すのはまずいだろ。
 俺のは明日でいい」

「う……そうね。これも、可愛い?」

「あ、ああ……お前が今着てるのとは違うけど、
 すごく可愛いと思う……」

お兄ちゃんはそっぽを向いて、自信なさげに答えました。

「そう……? 明日が楽しみ」

「あはははは」

「お兄ちゃん、もう寝る?」

「あ、ああ……お前ももう、休んだほうがいいな」

「……今日は、こっちで寝たらダメ?」

一瞬、ぴきり、と空間が固まりました。
おかしな雰囲気になる前に、わたしはあわてて言い足しました。

「まだ、いろいろ話し足りないし……わたしが見た、夢のお話とか」

「……恐い夢でも見るのか?」

お兄ちゃんが振り向いて、じっとわたしを見つめました。

「うーん……どうなんだろ? 恐くはないんだけど、不思議な夢」

「じゃ……寝るまで付き合うよ」

電灯を暗くして、ベッドサイドのランプの明かりだけになりました。
お兄ちゃんのベッドにもぐり込むと、あまり使われていないシーツは、
干し草のような匂いがしました。

「どんな夢なんだ?」

薄暗い部屋の中で、こちらを向いて横たわったお兄ちゃんの顔が、
影絵のように浮かび上がりました。

「夢……なのかな? 目が覚めていても、見ることがある」

「白昼夢?」

「繰り返し見るイメージ……。
 どこなのかわからないんだけど……砂漠みたいな場所」

「砂漠? 砂ばっかりなのか?」

「砂漠っていっても、砂丘じゃなくて……火星の写真みたいな。
 赤茶けた砂と土と岩ばっかりで、ずっと遠くには山が見える。
 グランドキャニオンみたいな感じかな?
 草も木も生えてなくて、動物も虫も、動く物はなにも無いの」

「ずいぶん寂しい場所だな……」

「寂しい……とは感じなかった。むしろ、ホッとして落ち着く感じ。
 砂漠といっても、夜だから暑くはないし。
 星は見えないんだけど、丸い青い月が上がってて、
 月の光が優しく辺りを照らしてる。風もなくて、とても静か」

「だれも居ないのに、淋しくないのか?」

「うん……わたししか居ないのに、1人じゃないような気がした。
 だから、目が覚めている時でも、たまに思い浮かべるの。
 そのイメージを見ていると、なんとなく落ち着くから」

「不思議な夢だな……」

お兄ちゃんはなにかを考えているのか、黙り込みました。
そのシルエットが、彫刻のようでした。

「でも、今はお兄ちゃんが居るから、そんなの必要ない」

手探りでお兄ちゃんの手を握ると、きゅっと握り返されました。
大きく息を吸うと、お兄ちゃんの髪から整髪料の香りがしました。
それだけで、心が安らぎました。

このまま眠れたら、今日は最高の一日で終わる、と思いました。
でも、わたしの胸にはまだ1つだけ、小さなとげが刺さっていました。

髪を撫でようと手を伸ばしてきたお兄ちゃんに、わたしは囁きました。

「お兄ちゃん、大事なお話があるの」

お兄ちゃんの手が動きを止め、体が硬く強張るのがわかりました。
わたしはお腹が縮んで、胃が本当にキリリと痛みました。

長い長い沈黙の後、お兄ちゃんが長く息を吐きました。

「……なんだ?」

(続く)

●連載227(ここでの連載046)●
2002年2月10日(日)16時20分

わたしは舌が麻痺したみたいに、言葉を口にできませんでした。
前から尋ねようと決めていたのに、心がくじけそうでした。

胸が締めつけられて苦しくて、ハァハァと息が荒くなりました。
目をつぶると、お兄ちゃんの手が、ゆっくりと髪を撫でました。

「お兄ちゃん……」

「無理して言わなくていいぞ?」

その声が、拒絶ではなく慰撫に満ちていたので、わたしはホッとしました。

「2年前のこと」

「2年前?」

お兄ちゃんは、怪訝そうに訊き返してきました。

「2年前……お兄ちゃんがこのいえを出ていく前……
 よく、夜中に出かけたよね?」

「あ、ああ……」

一度口に出してしまうと、後はすらすらと続けることができました。

「お兄ちゃん、喧嘩強かったんだってね。いつも喧嘩してたの?」

「お前……だれに聞いたんだ? cか?」

「cさんは関係ない。お兄ちゃんのこと、噂になってたんだよ?
 街で女の子が絡まれてるの、何回も助けたって。
 名前言わなくても噂になるよ。その時、喧嘩したんでしょ?」

「…………」

心の中で、違う、こんな責めるみたいな口調で言いたいんじゃない、
と思っても、胸の奥の熱くて苦しい塊から、言葉が飛び出して行きました。

「困っている人を助けるのは、立派だと思う。
 弱い者いじめしてる人を殴っても、だれも非難しない。
 ……それが1回なら、偶然かもしれない。
 でも! 何回も助けるのは、偶然じゃ……ない。
 お兄ちゃん……殴る相手を探して、歩いてたんじゃないの?
 ……自分の鬱憤を晴らすために」

お兄ちゃんは、凍りついたように静止していました。
切り裂くような静寂が、わたしとお兄ちゃんの周りを支配しました。

こんなに近くに居るのに、お兄ちゃんがずっと遠くに感じられて、
わたしは目の前の広い胸に、こわごわ手のひらを当てました。

ドッドッと脈打つ心臓と、呼吸に上下する胸郭とが、
かえってお兄ちゃんとわたしの隔たりを感じさせました。
体に触れていても、心までは見えません。

わたしは、最後に残った熱い欠片を吐き出しました。

「……わたし、2年前はなんにもわからなかった。
 でも、今は、知りたい。本当のことを。
 答えて、お兄ちゃん。お願い」

口の中がからからに干上がって、それ以上なにも言えなくなり、
わたしは仄暗い灯りに光るお兄ちゃんの目を凝視しました。

1呼吸1呼吸が永遠に思えて、時間の感覚がなくなりかけた頃、
お兄ちゃんがぼそりとつぶやきました。

「そうだ」

お兄ちゃんは荒っぽい手つきで、わたしの髪を掻き回しました。

「もっと前からだ」

「え?」

「中学に上がって、さっそく喧嘩を売られたよ。
 ……俺はなんにもしてないのにな。
 返り討ちにして、ボコボコにしてやった。
 スカッとした。
 あのとき相手が死ななかったのは運が良かった。
 まだ手加減を覚えてなかったからな……」

お兄ちゃんは歯を剥き出して、ニヤリと笑いました。

「それからだ。喧嘩を買って歩くようになったのは。
 簡単だった。道を偉そうに歩いているヤツがいたら、
 すれ違うときに睨みつけるんだ。
 たいてい『なんだコノヤロウ』って突っかかってくる。
 後は裏通りに連れ込まれて……殴る。
 最初の頃は負けそうになることもあった。
 こりゃ勝てない、と思ったら全力で走って逃げた。
 俺は足が速かったからな。追いつかれたことは一度もない。
 同じ中学のヤツとはなるべく喧嘩しなかったんだが、
 2年になる頃には、俺が学校のあたまってことになってた。
 学校では真面目にしてたんだけどなぁ……。
 余所の学校との揉め事を持ち込まれるようになっちまって、
 こうなると下手に喧嘩を買う訳にはいかなくなった。
 とうとう、夜中に抜け出して、隣の街に遠征するようになった」

お兄ちゃんは大きくため息をついて、わたしの髪の毛を、
ぎゅっと握りしめました。

「お前の言うとおりだ……俺は憂さ晴らしに人を殴った。
 ○○、俺が恐いか? ……軽蔑するか?」

凄みのある表情と声なのに、お兄ちゃんの目は哀しげに細められていて、
泣いているようにも見えました。

(続く)

●連載228(ここでの連載047)●
2002年2月10日(日)20時25分

わたしも目を細めて、視線をお兄ちゃんに返しました。
心が澄んで、なにひとつ恐くありませんでした。

むしろ、さっきまでの焦燥にも似た胸苦しさとは別の、
心地よく締めつけられるような温かい痛みが、胸に満ちました。

今、わたしはお兄ちゃんの本当の心に触れているんだ、
と思いました。

「恐く、ないよ。軽蔑もしない。
 人を殴って喜ぶのは悪い。
 でも……わたしもきっと、体がもっと丈夫だったら、
 お兄ちゃんといっしょに悪いことしてた」

お兄ちゃんは、意外そうな声をあげました。

「お前が、か?」

「うん。わたし、ホントは真面目でも良い子でもないよ。
 ただ、そうしてたほうが面倒がないだけ。
 規則を守ってさえいれば、うるさく言われないでしょ?
 なにが本当に良いことでなにが悪いのか、
 自動的に判断してくれる良心は、わたしには無いみたい。
 だから、良いとか悪いとか、わたしには関係ない。
 言いにくいことをお兄ちゃんが話してくれたのが、嬉しい」

わたしはお兄ちゃんの頭を、両手で引き寄せ、
額に触れるだけの口づけをして、小さな胸に抱き締めました。

「お兄ちゃんは好きなことして良いけど、ウソだけはつかないで。
 わたしはなんにもできないけど、お兄ちゃんのためならなんでもする。
 だから、なにか辛いことがあったら、わたしに話して。
 どんなに辛いことでも、本当のことを知りたい」

お兄ちゃんの吐く息で、胸が温められるようでした。

「うん。○○、ありがと。ありがと」

お兄ちゃんがわたしの背に腕を回し、くぐもった声でそうつぶやくと、
くすぐったい歓喜が胸から全身に行き渡りました。

お風呂場で肌と肌を触れ合わせていたときよりも、
もっと心と心が融け合っている実感がありました。

むずがゆい眩暈に似た性的快感とは種類の違う、
震えだす寸前の充溢感に、身も心もはち切れそうでした。

端から見れば、自分より遥かに体格のよいお兄ちゃんを、
小さなわたしが胸に抱いているのは、珍妙な光景だったかもしれません。

いつもとあべこべに、お兄ちゃんの髪を繰り返し撫でながら、
わたしは、お兄ちゃんを守りたい、とひたすら思いました。

そうして、イブの夜は、お互いの息の音とぬくもりを分かち合いながら、
静かに更けていきました。

……その静寂が破られたのは、もう真夜中でした。
眠りの浅いわたしが、先に目を覚ましました。

どこか遠くで、プルルルル……プルルルル……と音が鳴っています。
わたしは寝惚けた頭で、なんだろう、あれは、と思いました。
ハッと気がつくと、胸に抱いていたはずの頭がありません。

寝相の良くないお兄ちゃんは、わたしの腰に抱きついて、
顔をヘソのあたりに押しつけていました。
わたしがビックリして身じろぎすると、お兄ちゃんも目を覚ましました。

まだ、電話の呼び出し音は続いています。
お兄ちゃんがガバッと身を起こしました。

「なんだ? こんな時間に」

お兄ちゃんはわたしを飛び越えてベッドを降り、ドアを開け放って、
バタバタと階段を駆け下りて行きました。

わたしもベッドを降りて、開いたドアのすぐそばに身を寄せました。
ドアの隙間から顔を出すと、お兄ちゃんの話し声が切れ切れに聞こえました。

「――だから――こんな夜更けに――F兄ちゃん―――
 ―――そんな―――大変な――――
 わかったから――泣くなって――――」

電話はなかなか終わりそうにありません。
わたしはドアを閉めて、その場に正座しました。
お兄ちゃんが帰ってくるまで、起きて待っていたかったのです。

1時間ほど経っていたかもしれません。わたしがうつらうつらしていると、
いきなりドアが開いてお兄ちゃんが入ってきました。
眠くてお兄ちゃんの足音を聞き漏らしたようです。

お兄ちゃんも眠かったのか、ドアのすぐ内側に座っていたわたしにつまずいて、
もつれるように転びました。

倒れかかったお兄ちゃんの膝が胸元にヒットして、
わたしはカエルが潰れるように「ひぎっ」と一声あげて悶絶しました。

わたしが胸を押さえてごろごろ転がると、
お兄ちゃんがあわててわたしを抱き起こしました。

「○○、大丈夫か? すまん!」

ゆさゆさ揺すられても、息のできないわたしには返事もままなりません。

(い……たい……ゆ……ゆらさない、で……)

(続く)

●連載229(ここでの連載048)●
2002年2月12日(火)21時15分

わたしはベッドに、そっと横たえられました。
やがて、ハッ、ハッ、と切れ切れに息が吐けるようになりました。

「だ、だいじょうぶ……」

お兄ちゃんを見上げたわたしは、一瞬驚きに痛みを忘れました。
お兄ちゃんの顔は呆然として、まるで脱け殻のようでした。

「ど、どうしたの?」

問いかけると、ハッと我に返ったように、お兄ちゃんの表情が戻りました。

「い、いや……お前が返事しないもんだから、パニクっちまった。
 す、すまん。痛かったろ?」

「痛かったけど……もうだいじょうぶ」

深呼吸するとまだ胸が痛みましたけど、浅い息はできました。
お兄ちゃんはホッとしたのか、絨毯にへたり込んであぐらをかきました。

「それより……電話、なにがあったの?」

さっきの様子は、ただごとではないようでした。

「ん……あ……それは……」

お兄ちゃんは目を泳がせて、口ごもりました。
寝る前に、わたしは本当のことが知りたい、と言ったのに、
お兄ちゃんは話してくれないのか、と悲しくなりました。

わたしが目を伏せて黙り込むと、お兄ちゃんは大きなため息をついて、
口を開きました。

「あのな……田舎からの電話だったんだ……」

そこでまた途切れたので、わたしは不吉な想像をしてしまいました。

「まさか……F兄ちゃんに、なにかあったの?」

「……違う違う。F兄ちゃんはぴんぴんしてるよ。
 電話をかけてきてくれたのも、F兄ちゃんだ」

「……?」

「実はな……田舎の家に、俺の元教え子が来てるんだ」

「え?」

「俺が家庭教師してた子だよ。
 自分のせいで俺が家庭教師クビになったって勘違いしたらしい……。
 それで親御さんと大喧嘩して、家を飛び出したんだ。
 俺に謝りたい一心で、F兄ちゃんの家に押し掛けたってわけ……」

「こんな夜中に?」

「そう。こんな夜中に。
 F兄ちゃんもビックリして事情を訊いたんだけど、
 なんせ本人が興奮しててさっぱり訳がわからない。
 俺に会いたい、の一点張りでな……。
 F兄ちゃんも困り果てて、俺に電話してきたんだ」

お兄ちゃんがげっそりした顔で苦笑いしました。

「若いって凄いなぁ……
 俺が実家に帰ってるだけだって納得させて、
 落ち着かせるのに1時間もかかっちまったよ。
 親御さんにも連絡して、今夜はF兄ちゃんのとこに泊めて、
 明日F兄ちゃんが送っていくことになった」

わたしは呆れて、しばらく返事を忘れてしまいました。

「……それは……大変だったね。これから、どうするの?」

「……参った。また俺に勉強教えて欲しい、ずっと待ってる、
 って言うんだもんな……」

「そうするの?」

「そういうわけにもいかないだろ。それだけで済むわけないしな。
 ……しかし、どうすりゃ諦めてくれるんだろうな? 参った」

内心、お兄ちゃんは喧嘩には強くても、女の子には弱いんじゃないか、
と思いました。

「お兄ちゃんが田舎に帰ったら、きっとまた押し掛けてくるね」

「う……そうだな。ハァ……。
 まだ中2だからなぁ……ハシカみたいなもんで、
 年上に憧れてるだけだと思うんだけどな。
 距離を置いておけば、そのうち熱も冷めるはずなんだが……」

「彼女は、本気じゃない、ってこと?」

「ん……本気は本気なんだろうけど、あのぐらいの年頃だと、
 まだ人を愛するってのがどういうことか、わかってないと思うんだ。
 俺もまだ、よくわかってないしな……」

お兄ちゃんの目は、昔の自分を懐かしむように、遠くを見ていました。

そう言われると、わたしも今の自分の気持ちがどんなものか、
上手く説明できるわけではありません。

自然と2人とも黙り込んでしまいました。
しばらくして、つかみどころのない沈黙に耐えられなくなってきて、
わたしは口を開きました。

「……お兄ちゃん、寒くない?
 答えのわからないことを、いつまで考えてても仕方ないよ。
 布団に入って寝よう?」

「……そうだな」

ベッドの上で2人並んで、布団にくるまりました。
横から抱きついて足を絡めると、冷え性のわたしの足より、
お兄ちゃんの足のほうが冷えていました。

「お兄ちゃんの足、冷たいね」

「お前の足、あったかいな。冷たくないか?」

「こうしてたら、すぐにあったまるよ」

やがて、本当に体中がほかほかとあたたまってきました。
大きく息を吸うと、まだ少し、胸が痛みました。

かすかな不安を胸に抱きながら、お兄ちゃんの匂いとぬくもりに包まれて、
わたしは、夢も見ない、暗い眠りに落ちていきました。

(続く)

●連載230(ここでの連載049)●
2002年2月13日(水)21時40分

その翌日、わたしは疲れていたのか、昼前まで寝坊してしまいました。
まぶしさを逃れて無意識に転がっていると、声を掛けられました。

「○○、いいかげん腹減ってないか?」

わたしがハッと首をあげると、お兄ちゃんはもうきちんと着替えて、
ベッド脇に立っています。
わたしはあわてて手の甲でよだれを拭きました。

「お兄ちゃん……見てた?」

わたしが上目遣いにおそるおそるお兄ちゃんを見ると、
横を向いてにやにや笑っています。

「くっくっく……見てると面白いから起こさなかったんだ。
 お前に関する重大な秘密を知りたいか?」

「秘密?」

「お前、今朝俺が起きたとき、少し口を開けて眠ってたぞ」

「うそっ」

「ホントさ。大口開けるんじゃなくて、少し口をすぼめてパクパクしてな。
 金魚みたいで可愛かったぞ」

お兄ちゃんは、我慢しきれなくなったのか、ひーひー笑いだしました。

「…………」

わたしは口を堅く閉じたまま、ベッドを降りて1階に向かいました。
頬がぴりぴりと熱く灼けそうでした。

朝と昼兼用の食事のあいだ、わたしがずっと口を利かないでいると、
お兄ちゃんは情けない顔になりました。

「……○○、まだ怒ってんのか?
 笑ったのは悪かった。許してくれよ……」

「怒ってない」

わたしは簡潔に答えました。
本当は、口を開けているのをなるべく見られたくなかったのです。

「本当に……?」

わたしは無言でこくこくうなずきました。

「今日はどうする? もう昼だし、一日のんびりするか?」

わたしはまたうなずきました。

「じゃあ、昨日のクリスマスプレゼント開けてみるか?
 ずっと家にいるんだったらパジャマでもいいだろ」

食事の後片付けをしてから、わたしはプレゼントの包みを取りに行き、
お兄ちゃんの目の前で開けようと思って、また階段を降りました。

お兄ちゃんは、リビングのソファーに寝そべっていました。
わたしが隣に座っても、こちらを見ようともせず、
お兄ちゃんにしては珍しく、そわそわと落ち着きがありません。

目の前でプレゼントを開けられるのが、そんなに恥ずかしいのかな、
と思いました。

「お兄ちゃん、開けて良い?」

「ん……あぁ……良いけど、怒るなよ?」

「どうしてわたしが怒るの?」

「Vちゃんからのプレゼントより、だいぶ落ちるかも……」

「そんなわけない」

いつもシックなお兄ちゃんのセンスを、わたしは完全に信頼していました。

「開けるね」

慎重に包装紙が破れないようにラッピングを解くと、
中から出てきたのは、厚手でモコモコした手触りのする服でした。
服というよりは、中身を抜いた巨大なぬいぐるみみたいです。

「お兄ちゃん……これ、なに?」

「あー……それはだな……つなぎ目なしの全身を覆うパジャマだ。
 フードも付いてて首を冷やさない」

フードには、間の抜けた猫の顔が描いてありました。
わたしはありありと怪訝な声で、尋ねました。

「これを着るの?」

「あ、いや、まぁ、嫌なら仕方がない。可愛いと思うんだけどな……」

「ちょっと、子供っぽくない?」

「大人用もある、一応」

わたしは内心呆気にとられていて、いつの間にか口が開いていました。
でも、せっかくのプレゼントなのに、疑問ばかり口にしては、
お兄ちゃんが気を悪くするかも、と思いました。

「着替えてくる」

自分の部屋に戻って、鏡の前で着替えました。
鏡に映ったのは、皮がだぶだぶになった、餓死寸前の猫でした。
可愛いと言うよりは、間抜けな格好に見えました。

リビングに降りて行くと、お兄ちゃんはわたしの全身を眺め回しました。
うんうんと大きくうなずいています。

「やっぱりスゲー可愛いぞ。見かけて買っておいてよかった」

「ホントに……?」

問い返しはしましたが、お兄ちゃんの感極まったような口調は疑えませんでした。

「こっち来いよ。コタツはないけど、猫はソファーで丸くなるもんだろ?」

ソファーに深く腰を沈めているお兄ちゃんの膝を枕にして、
わたしは丸くなりました。

「猫飼いたいなぁ……」

「田舎じゃ、ダメなの?」

「婆ちゃんがアレルギーだからな」

「そう……」

自宅では動物を飼えませんでした。許してはもらえませんし、
わたしにも、自分が病気の時に世話をできる自信がありませんでした。

「ま、俺はお前を飼えればいいや」

冗談めかした口調でしたけど、わたしは猫になるのも良いかな、
と思いました。

(続く)


動画 アダルト動画 ライブチャット