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お兄ちゃんとの大切な想い出 連載191〜200

「お兄ちゃんとの大切な想い出」に掲載した連載191〜200(ここでの連載010〜019)を抽出したものです。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)

181〜190
191192193194195
196197198199200
201〜210

●連載191(ここでの連載010)●
2001年12月31日 21時35分41秒

「おごりですから、気にしないでください」

「こんな高いモノ頼んだら余計気にするよ。せめて割り勘にしよう?」

「お詫びですから、そういう訳にはいきません」

「Uに知られたら殴られちゃうよ〜」

「Uには黙っていてあげます。ここは大人しく、おごられてください」

Yさんのうろたえぶりが可笑しくて、わたしはにっこりしました。

程なくして運ばれてきた、2つのチョコレートパフェを前にして、
Yさんは神妙な目つきで、わたしの手元を見つめました。

わたしは長いスプーンを手に取って、尋ねました。

「食べないと、溶けちゃいますよ?」

「そうなんだけど……初めて食べるモンだから、
 どんな風に食べたらいいのか見ておこうかな……って」

「じーっと見られてると、食べにくいんですけど……」

「あ、それもそうか」

Yさんはスプーンを握り、ざくざくとパフェに突き刺しました。

「Yさん、デートするのは初めてですか?」

「デ、デート? これって、デートなのかな?」

「客観的には、デートにしか見えないと思います」

「そう……Uの買い物にはよく付き合わされるけどね。
 情けないけど、デートするのは初めてだ」

「わたしもです」

「そう? その割には落ち着いてるね」

うろたえている人を目の前にすると、反動で平静になってしまう、
とは言えませんでした。

「お兄さんとだと、緊張しないんです」

「アハハ、そう、ありがと」

パフェを平らげてしまうと、口の中に甘みが残りました。

「美味しかった……」

「美味かった……これからどうしよう? もう少しぶらぶらする?」

「あと1つ……見ておきたい物があります。その前に……」

わたしは席を立って、レジのほうに歩いて行きました。
レジの前のガラスのショーケースに、ケーキが並んでいます。

「ここはアップルパイも美味しいんです」

わたしは会計を済ませ、アップルパイを丸々1個買って、
Yさんに持たせました。

「これはUへのお土産です。みなさんで食べてください」

「至れり尽くせりだけど……なんかこれって立場が逆じゃない?」

「男も女も関係ないと思います」

「う……」

渋るYさんの先に立って、わたしは歩きだしました。
目的地は、ファンシーショップでした。

「○○ちゃん、俺、外で待ってていいかな?」

Yさんは女の子だらけの店内に、気後れしているようでした。

「奥には入りません。
 お兄さん、どの色が良いと思います?」

わたしは外側の陳列棚に吊してあった、可愛いキャラクター入りの
リップクリームの列を、指さしました。

Yさんは真剣に考え込んで、答えました。

「そうだなぁ……○○ちゃんは色が白いから、これかな」

「Uだったら、どれが似合うと思います?」

「U? あいつまだ化粧してないと思うけど」

「わたしもめったにしません。Uもこれからは、するようになると思います」

「じゃあ……こっちかな?」

「付いてきてください」

わたしは2本のリップクリームを外して、中のレジに並びました。

「お兄さん、払ってください」

Yさんはあわてて財布を取り出しました。
わたしは店員さんに、リップを別々に包んでもらうように頼みました。

店を出て、Yさんが言いました。

「どういうこと?」

「1本は、初めてのデートの記念品です。
 もう1本は、Uへのお土産です。
 お兄さんが選んで買ったものだって、渡してください」

「ええっ? 妹にお土産なんて、変じゃない?」

「変じゃない、と思います。わたしのお兄ちゃんは、
 よくお土産を買ってきてくれました。嬉しかったですよ。
 お兄さんは、Uにプレゼントするのが、嫌ですか?」

「いやまぁ……嫌ってことはないけど、照れるよ」

「我慢してください。それじゃ、デートはそろそろ終わりです」

「え、もう帰るの?」

「たぶん、Uが待ってると思います。
 最後に、お兄さんに言っておかないといけないことが、あります」

(続く)

●連載192(ここでの連載011)●
2002年1月1日 18時51分39秒

Yさんは怪訝そうな顔をして、立ち止まりました。

「……どうしたの? 改まって」

「お兄さんにデートを申し込んだのは、身代わりなんです」

「身代わり?」

「はい。わたしの好きな人の、身代わりでした。
 違う人とデートしたら、どんな気持ちになるのかなぁ、って」

「それで……どうだった?」

「楽しかったです。思っていたよりも、ずっとずっと」

「そう? いや……良かった。退屈してるかと思ってた」

Yさんがホッとしたような笑顔になりました。

「でも……もう、終わりにしましょう。
 このままだと、わたしの好きな人にも悪いですし、
 お兄さんに、悪いです」

「どうして? 俺は別に悪く思ってないよ」

「お兄さんは良い人です。
 ずっと一緒にいたら、好き……になってしまいそうです」

Yさんの目がまん丸になりました。

「あ! いや、それは!」

「ごめんなさい……でもそれは、2番目なんです。
 今日もお兄さんを見ながら、どこかで好きな人と比べてました。
 これは、酷いです」

「……そうか……」

わたしが見つめると、Yさんは、長い長い息を吐きました。

「ハァ……それで、もし、俺が許さないと言ったら?」

「え?」

「1日引きずり回されて、ごめんなさい、じゃ割に合わない。
 キスぐらいさせてくれなくちゃ、って言ったら?」

Yさんの顔が、ずいっと近づいてきました。
わたしはとっさに両手で口を覆って、一歩後ずさりました。
Yさんはその場を動きませんでした。

「あ……ご、めんなさい」

「アハハハハ……ウソさ」

「……ウソ?」

「初めてうろたえたね。
 今日はずっと君にペース握られっぱなしだったから、
 ちょっと癪に障ってたんだ。
 今のでおあいこ、ってことにしよう」

わたしはまだ、心臓がどきどきしていました。

「ひとつだけ忠告しておくよ。
 気安く思ってくれるのは嬉しいけど、
 そんなうるうるした目で無防備に男のそばに来ちゃいけない。
 黙って不意打ちでキスされちゃうぞ」

「あっ、ありがとうございます」

「アハハハハ……ハァ、何言ってんだろうね、俺は」

Yさんは自嘲するようにつぶやいて、歩きだしました。

「お兄さん、待って」

「え?」

立ち止まって振り返ったYさんに、歩み寄りました。

「顔を前に出してください」

「え、なんで?」

言いながらYさんは頭を下げました。

「目をつぶってください」

「なんなの、これ?」

Yさんは目蓋を閉じました。
わたしはYさんの頭を両手ではさんで、頬に口づけしました。

「……!」

Yさんの目がパッと開きました。

「○○ちゃん?」

わたしは飛び退いて、言いました。

「ふふふ……お兄さんも、無防備ですね。
 でもさっきは、格好良かったです。
 今のキスで、許してください。これ以上は、無理です」

「あ、ああ……アハハハハハ、許す許す。
 ……あーあ、○○ちゃんには勝てそうにないよ」

バス停まで来て、気が付きました。

「お兄さん、自転車はどうするんですか?」

「今日は置いて帰るよ。荷物持ちとしては、送っていかないといけないし」

「2人乗りして行きましょう。置いておいたら、盗まれるかもしれません」

駐輪場に行って、自転車の荷台にカーディガンの包みを敷きました。
座布団の代わりです。

Yさんの腰につかまって、アップルパイはわたしが膝に載せました。

「お兄さんの家に、先に行ってください」

「俺の家に?」

「アップルパイ、Uに届けなくちゃ」

「U、居るかなぁ?」

「絶対居ます」

マンションの少し前で自転車を停めてもらって、
わたしは1人でアップルパイを持って行きました。

ロビーの中を覗くと、予想通り、Uがうろうろしていました。
Uがわたしに気がついて、外に出てきました。

「U、こんな所で何してるの?」

「……なんでもあらへん。アンタこそなんで1人やねん?」

「これ、お土産。アップルパイ。後で食べてね。
 お兄さんはこれから、わたしを家まで送ってくれるんだって。
 安心して、すぐに帰すから」

「心配なんてしてへん!」

「それじゃ……」

Uが追いつけないくらい遠ざかってから、
わたしは振り向いて大きな声を出しました。

「お兄さん、とっても優しかったよー。
 わたしの手を引いてくれたし、キスもしたしー」

「なんやて!」

「詳しいことは、お兄さんに聞いてねー」

わたしが荷台に乗ると、Yさんは全速力でこぎ出しました。

「○○ちゃん……酷いよぉ」

Yさんの声は、泣いているようでした。

「うふふ……全部言えば、誤解は解けますよ」

わたしは風を切りながら、はしゃいでいました。

(続く)

●連載193(ここでの連載012)●
2002年1月2日 21時9分4秒

わたしの家の前で、自転車が停まりました。

「お兄さん、上がって行ってください」

「え、いいの?」

「少しぐらい、良いですよ。Uに電話しないといけませんし」

「頼むよ〜。このまま帰ったら問答無用で殺されちゃう」

そわそわしているYさんの前で、受話器を取ってダイヤルしました。

「あ、U? 今、家に着いたところ。
 大きな声出さなくても、聞こえるよ」

「○○ちゃん、Uのやつ、怒ってる?」

「そんなに興奮してるんだったら、お兄さん帰れないね。
 うちに泊まってもらおうかな……」

「○○ちゃん!」

「はいはい。今から帰ってもらうけど、暴力はダメだよ。
 お兄さんを虐めるんだったら、うちに逃げてきてもらうからね?」

「……○○ちゃぁん……」

「電話、切られちゃいました。
 釘を刺しておきましたから、いきなり殴られることはないと思います」

「俺の耳には、火に油注いでるようにしか聞こえなかったよぉ……」

「お兄さん、ホントに身の危険を感じたら、逃げてきて良いですよ。
 かくまってあげます」

「……余計危険だってば」

Yさんは、とぼとぼと帰って行きました。
幸い、後遺症が残るような目には遭わなかったようです。
わたしも、次にUに会った時に、軽く首を絞められただけで済みました。

UとVのおかげで、お兄ちゃんの居ない日々も、賑やかに過ぎていきました。
親友2人(とYさん)が居なかったら、今のわたしは無かったと思います。

そうしているうちに、2学期が始まりました。宿題の提出、テスト、授業。
わたしには、なんの意味もありませんでした。

b君は相変わらず、わたしが存在しないように振る舞っていました。
aさんも、手出しをしてきませんでした。

陰でどんな噂がささやかれているか、わたしにはわかりませんでしたけど、
興味もありませんでした。

わたしはUやVと話をしているあいだだけ、息を吹き返し、
それ以外の時は息をしないで、ただ本を読んでいるようなものでした。

ある日の昼休み、わたしは教室に居ました。
UとVもそばに座っていましたが、話が途切れて、ぼんやりしていました。
わたしは手元の文庫本に、視線を落としていました。

「3年のcだけど、××は居るか?」

野太い声でわたしの名前が呼ばれて、初めて注意を惹かれました。
教室がざわついていましたが、わたしは背景雑音として、
それを自動的に意識からカットしていたようです。

入り口近くに立っている上級生らしい男子に、わたしは目を向けました。
男子がわたしに気づいて、歩み寄ってきました。

「君が××○○さん?」

「はい」

近くに寄られると、獰猛なドーベルマンのような雰囲気がして、
体が硬くなりました。

「俺は3年のc。ちょっと話があるんだけど、いっしょに来てくれる?」

「はい」

わたしは席を立ちました。横でUが血相を変えて立ち上がりましたが、
手で制してささやきました。

「お兄ちゃんの知り合いの人だから、だいじょうぶだと思う」

cさんと2人で教室の出口に向かうと、道が開けました。
廊下を歩きながら、cさんが言いました。

「しっかし……驚いた。△△さんとぜんぜん似てないね」

「よく、そう言われます。……どこに行くんですか?」

「やっぱり兄妹だな。肝が据わってる。俺、怖くない?」

cさんがニヤリと笑いました。下腹が冷たくなりました。

「怖いです」

「そうは見えないな」

「なんのご用ですか?」

「なんてコトはない。ちょっと倉庫裏に行って話をするだけだ。
 ……ああ、告ろうってんじゃないから安心していいよ」

「……?」

「△△さんから君のこと頼まれただけだ。
 変なヤツに付きまとわれたんだろ?
 俺は3年じゃちょっと名前売れてるから、
 俺と付き合ってることにすれば、
 ちょっかい掛けてくるヤツは居なくなるはずだ」

「……そんな、ご迷惑じゃないんですか?」

「お兄さんには世話になったしね。怒らせると怖い」

「兄が、怖い?」

「あちゃあ……知らなかった? 俺が言ったってのは秘密ね」

cさんが悪戯っぽく笑いました。

優しいお兄ちゃんと「怖い」というイメージが結びつきませんでした。
倉庫裏には先客が居ましたが、cさんが手を振ると居なくなりました。

(続く)

●連載194(ここでの連載013)●
2002年1月3日 18時55分12秒

周りに人が居なくなってから、わたしは思い切って口にしました。

「兄は……どんなことを、してたんですか?」

cさんは困ったような顔で、しばらく唇を舐めていました。

「あのさぁ……マジで秘密にしてくれよ。
 俺が変なコト喋ったって知れたらぶち殺されちまう」

上背があって自信たっぷりに見える先輩が、本気で心配しているようでした。
わたしは息を詰めて、うなずきました。

「△△さんは1個上の先輩だったけどよ。あんな喧嘩強い人居ないよ。
 俺がここに入った時には結構自信あったんだけどな……。
 見た目が真面目っぽいモンだから舐めてかかって喧嘩売ったら、
 1分と保たなかった。気が付いたら正座させられて説教さ。
 バカやってんじゃねぇ、ってこづき回された。
 ……でも面倒見の良い人でなぁ。可愛がってくれたよ。
 ただ弱いモンいじめが大嫌いでな。ガキや女いじめてるの見かけたら、
 ブチ切れてボコボコにしてたよ。怒らせたらあんな怖い人は居ないね」

cさんの喋り方は楽しそうで、お兄ちゃんのことを懐かしむような、
自慢するような響きがありました。

でもわたしの頭の中で、語られたお兄ちゃんのイメージは、
cさんと同じ暴力のにおいを発散していて、眩暈を誘いました。

「俺たちが他の学校のヤツと揉めてると、飛んで来て助けてくれた。
 度胸が据わってて、相手が何人居ても平気な顔してた。
 後でこっちが悪いとわかったら、立ってられないぐらい殴られたけどな。
 あの事件さえ無かったら、卒業までここに居てくれたのになぁ……」

cさんはため息をついて、話を止めました。
反射的にわたしは頭を下げて、お礼を言いました。

「ありがとうございました。このことは、誰にも言いません」

わたしが顔を上げると、cさんはわたしの顔をまじまじと見て、
冗談ぽく言いました。

「あのさぁ、付き合ってることにする、だけじゃなくて、
 試しに俺と付き合ってみない?」

「は?」

「いやだからカノジョにならないか、ってこと。
 今俺はフリーだしさ。ちょうどイイじゃん。
 気持ちいいコトいろいろ教えてあげるよ」

「…………?」

初対面の相手に、それもわたしなんかに交際を申し込むなんて、
この人はいったいどういう思考回路をしているのだろうか……?
と、疑問に囚われてぽかんとし、cさんの顔を覗き込みました。

「どうして、そうなるんですか?」

わたしは困惑して眉を寄せ、本当に首を傾げていました。
すると何を考えているのか、cさんはプハハハハと笑いだして、
わたしの肩を痛いぐらいバシバシ叩きました。

「面白い。面白いよ」

わたしは理解ができなくて、ますます困り果てました。
cさんは笑いをかみ殺しながら、離れていきました。

「君、天然だろ。わかんなきゃいい。
 無理にとは言わないよ。無理やりヤッたら△△さんに殺される。
 じゃーな。なんかあったら俺の名前出していいから」

cさんは右手を軽く上げて去っていきました。
さっきの申し込みは、わたしにはよくわからない冗談だったのか、
と思いました。

わたしが校舎に戻ると、廊下でUとVが緊張の面持ちで待っていました。

「○○! 無事か?」

「うん、何も無かったよ」

UとVの表情が弛みました。

「何を話したんや?」

「えっと……それは秘密。あと、よくわからない冗談言われた」

「秘密ぅ? わたしらにもよう言えんコトか?」

「○○ちゃ〜ん、黙ってるなんてずるいよー」

「そやそや、2人とも心配してたんやで」

2人とも怒っているようでした。しまった、と思いました。

「……でも、約束しちゃったから」

「脅迫して無理やりさせられた約束は無効なんやで?」

「別に、脅かされたりはしなかったよ」

「ホンマかぁ?
 あのcって先輩、喧嘩と女にはめっちゃ手が早いいう評判やで」

「よく知ってるね」

「知らんのはアンタぐらいや。
 そのc先輩にのこのこ付いていくんやから、無知って怖いわ」

それはUの言うとおりかもしれない、と思いました。
Uは何かあったらすぐに2人に相談するように、と何度も念を押しました。

わたしはそれを聞きながら、あの物理的な暴力の雰囲気を持ったcさんを、
簡単に倒してしまったお兄ちゃんは、その時どんな目をしていたのだろう、
と震えました。

(続く)

●連載195(ここでの連載014)●
2002年1月5日 19時35分51秒

放課後、わたしはUとVに声を掛けました。

「2人とも、先に帰っててくれる? わたし、用事が残ってるの」

「まさか……c先輩に呼び出されてるんやないやろな?」

「違うよ」

「なんやの?」

「……ごめん、言えない」

わたしはうなだれました。なぜだか、話したくなかったのです。
Uは「まぁ、エエけどな」と言って背を向けました。
Vは悲しそうな顔をして、Uの後を追いました。

ちくちく痛む胸を抱えて、3年生の下足箱に向かいました。
出口の外に立っていると、先輩たちが前を通り過ぎます。
こちらに目を向ける人も居ましたが、わたしは視線を動かしませんでした。

出てくる人影が少なくなってきた頃、cさんの顔が現れました。
cさんは立っているわたしに気づいて、歩み寄ってきました。

「なにしてんの?」

「先輩をお待ちしていました」

「へぇ。意外と積極的なんだ? いっしょに帰るか?」

「はい」

cさんの横にいた男子の先輩が、にやにやしながら歩いていきました。
わたしはcさんと肩を並べて、歩きだしました。

「○○、オマエ歩くの遅いな」

いきなり呼び捨てにされて、びっくりしました。

「はい?」

「付き合ってることにするんなら、呼び捨てのほうがいいだろ?
 それとも待ってたってことは、マジで付き合うつもりか?」

「違います」

cさんの顔が渋くなりました。

「オマエ……俺を舐めてるのか?」

「え……? わたし、なにか失礼なこと言いました?」

cさんの態度の急変に、わたしは驚きました。
わたしを睨みつけてくる瞳に、ぽかんと見入りました。

cさんは首を振り振り言いました。

「オマエ……ホントに変わってるな」

その言葉をどう取っていいかわからず、わたしは曖昧にうなずきました。

「……すみません」

「俺が睨みつけたらたいていの女子はビクビクするんだが……。
 どうなってんだオマエ。怖くないのか?」

「怖いです。虎の檻に入ってるみたいです」

「あっきれた……。じゃあなんだって俺を待ってたんだ?」

「お伺いしたいことがあります」

「……? △△さんのことか?」

「そう……とも言えます」

「意味がわからんな。タダじゃ嫌だって言ったら?」

「あの……わたしには、お返しできるものが無いんですけど」

「……ハァァ? マジで言ってんの?」

cさんは珍しい動物でも見るような目で、わたしを見ました。

「オマエみたいな女見たことないよ……。
 で、訊きたいことって何だ?」

「あの……cさんは殴り合いの喧嘩することありますか?」

「俺のコトか? そりゃある」

「喧嘩するのは、なぜですか? 面白いからですか?」

「うーん、なんだってそんなコト知りたがるんだ?」

「心配なんです……兄が」

「心配すること無いだろ。あの人が負けるのなんて、想像つかねぇよ」

「勝ち負けじゃないんです。兄が怪我をするのは、イヤですけど……」

「理由ねぇ……。こんなこと訊かれたのは初めてだ。
 そうだなぁ……舐めたコトされるとムカつくからかな?」

「兄も、同じでしょうか?」

「どうだろなぁ……あの人は自分から手を出すことはなかった。
 けど、たまに苛ついてる時は喜んで喧嘩買って歩いてたからなぁ。
 ストレス解消ってヤツ?」

「ストレス解消……」

「あの人に絡んでカツアゲしようなんてバカは、シメられて当然だよ」

cさんは堪えきれないといったふうに、笑いだしました。
わたしは歩きながら、ずっと考えていました。
お兄ちゃんを暴力に駆り立てる、心の闇を。

わたしの想像の中で、お兄ちゃんは拳を赤い血で染めて、
ぞっとするような嫌な笑みを浮かべていました。

「先輩」

「んあ? どした」

「わたし、こっちの道ですから、ここで失礼します」

「まだ早いじゃん。これからカラオケでも行こうぜ。
 質問のお返しってことでいいだろ?」

「わたし、音痴です」

「俺が歌い方教えてやるよ。なぁ、行こうぜ」

よほど歌唱力に自信があるのか、cさんはすっかり乗り気でした。
でもわたしの歌は、リズム、音程、声量の3拍子揃ってダメでした。

「ごめんなさい……今度、美味しいパフェをご馳走しますから」

「パフェぇ? そんなもん男の食いモンじゃねぇよ」

(続く)

●連載196(ここでの連載015)●
2002年1月6日 10時47分31秒

「本当に美味しいパフェなんですよ?」

「あのなぁ……」

言葉が途切れたところに、後ろから声を掛けられました。

「○○、なにしてるんや!」

わたしが振り返ると、UとYさんが立っていました。

「もう……待ってても来うへんから迎えにきたで。
 Vもお待ちかねや」

「……?」

約束した覚えはありませんでしたが、Uが助け船を出してくれたのだ、
とわかりました。

「ごめんなさい、遅くなっちゃって」

Yさんがちらちらcさんを見ながら口にしました。

「○○ちゃん、行こうか」

わたしは向き直って、cさんに頭を下げました。

「そういう訳ですので、失礼します。またいずれ、ご馳走します」

cさんは難しい顔をしていましたが、肩をすくめました。

「じゃ、またな」

わたしは、UとYさんのあいだに挟まって歩きだしました。

「U、ありがとう。お兄さん、ありがとうございました。
 でも、どうしてわたしがここに居る、ってわかったの?」

「アンタの様子が変やったから、急いで帰って兄ぃを連れてきたんや。
 途中からアンタらを付けてたん、気ぃつかへんかったか?」

「ぜんぜん」

「鈍ぅ〜。遠くから見てたら、なんや困ってるみたいやったから、
 声かけたんや。案の定やったな」

Yさんが控えめに、口を挟みました。

「○○ちゃん、あの男、なんなの?」

「3年の先輩で……お兄ちゃんの、知り合いです」

「ちょっと……柄悪そうな感じだったね。
 知らない人をどうこう言うつもりはないけど、さっきは緊張したよ」

わたしには、返す言葉がありませんでした。
黙って歩いていくと、いつの間にかVの家の近くに来ていました。

「……U? ホントにVが待ってるの?」

「そうやで。アンタがいつにも増して暗いからなぁ。
 ぱーっとケーキでも食って憂さ晴らそう思うてな。
 Vに頼んだんや」

VとUにYさんを加えて、Vの部屋で即席のパーティーが始まりました。
わたしはみんなの気遣いが嬉しくて、知らず知らず微笑みながらも、
いつしかひとつの考えに心を奪われていました。

「○○、どないしたんや? ぼーっとして」

「あ、ごめん……」

「そろそろ話してくれへんか?」

「……なにを?」

「アンタが何をそんなに悩んでるかっちゅう理由をや」

「悩んでるように……見えるかな」

「アンタがぼーっとしとるのはいつものこっちゃけどな、
 目が泳いでるのはおかしいで。
 わたしらで役に立つかどうかわからへんけど、
 話したほうがスッキリするんと違うか?」

YさんとVがうむうむとうなずきました。
わたしは居住まいを正して、口を切りました。

「お兄さん、殴り合いの喧嘩をしたこと、ありますか?」

「え、え、俺? そりゃまぁ、何回かはあるけど……」

「どんな時、するんですか?」

「えーと……口喧嘩じゃ収まりがつかなくて、
 我慢できなくなった時かな。
 こっちから手を出したことはないけど、やられたらやり返すね」

「いったいなんの話やのん?」

「○○ちゃん喧嘩するのー?」

3人とも、話の流れが見えなくて、戸惑っているようでした。

「わたし、cさんに、お兄ちゃんの話を聞いた。
 お兄ちゃんは、何かに悩んでたんだと思う。
 だから、気を紛らわせるために、喧嘩してたんじゃないかな……」

「うーーん……アンタが暴力嫌いなんは知ってる。
 せやけどなぁ……言うてわからんヤツもおるねんで?」

「……お前は手が早すぎるんと違うか?」

「兄ぃは黙っとき! わたしの話の途中やで。
 えっと……アンタには話してへんかったけど、
 アンタの兄ちゃんの噂には喧嘩の話もあったんやで」

「どんな?」

「女子が街で絡まれてる時に、助けたコトが何遍もあったんやて。
 下心があって助けたわけやない、て名前も言わへんかったらしいけど、
 アンタの兄ちゃん有名やん。すぐにわかるで」

「そう……」

「エエ話やん、な?」

「○○ちゃんのお兄さんカッコイイー!」

(続く)

●連載197(ここでの連載016)●
2002年1月7日 13時41分37秒

Yさんも、腕組みしてうなずきました。

「俺も前に話したことあるけど、お兄さん、良い男だと思うよ。
 ちょっと妬けるけどね。○○ちゃんが落ち込むことないんじゃない?」

「暴力はイヤですけど、そのことで落ち込んでるんじゃないんです」

「じゃあ、どうして?」

わたしは3人の顔を見回して、まつげを伏せ、考えをまとめようとしました。

「弱い者いじめをする人が殴られても、同情はしません。
 当然の報いだと思います。
 でも、何度も絡まれてるのを助けた、というのは不自然です」

「どういう意味や? まさか、ヤラセやったっちゅうんか?」

「それは厳しすぎる見方だと思うな……。
 俺が同じ男だから弁護したくなるのかもしれないけど」

「ヤラセじゃなくて、実際にお兄ちゃんは助けたんだと思います」

「だったら問題無いんじゃないの……? 立派じゃないか」

「○○ちゃんなにが気に入らないのー?」

Vも首を傾げています。
わたしは下を向いたまま、噛み締めるように言葉を紡ぎました。

「困っている人を助けたのは、立派だと思います。
 ……でも、動機はたぶん、違います」

「動機、ってなんのこと?」

「お兄ちゃんは、正義の味方だから助けたんじゃない、と思うんです。
 1回ならともかく、何回もそんな現場に居合わせるなんて、不自然です。
 たぶん……憂さ晴らしに殴る相手を探していたんです。
 弱い者いじめしている人を殴っても、非難されることはありませんから」

自分の口から出た言葉が、槍のように胸を刺しました。
Uが、驚きを隠せない声で言いました。

「驚いたわ……アンタが、そんなこと言うなんて思わへんかった。
 アンタは兄ちゃんのことを神様みたいに思ってたんと違うのん?」

「思ってた……でも、どうして忘れてたんだろう。
 わたし昔、お兄ちゃんが暗い暗い目をしてるの、見たことある」

Yさんが、控えめな声で尋ねてきました。

「昔、なにかあったの?」

「昔だけじゃないんですけど……わたしの家は、両親の仲が悪いんです。
 それだけじゃなくて、両親とわたしたちの仲も……。
 お兄ちゃんは、きっと鬱憤が溜まっていたんでしょう。
 お父さんに殴られても、黙って耐えて……。
 でもお兄ちゃんは、わたしには優しかった」

喋れば喋るほど、胸の中が空っぽになっていくようでした。
わたしの目にはもう、何も映っていませんでした。

「わたし……馬鹿でした。考えればすぐにわかることなのに。
 お兄ちゃんがわたしを守ってくれてた。わたしは何にもできなかった。
 お兄ちゃんは強くて優しくて何でもできるから平気なんだ、
 って勝手に思い込んで!
 馬鹿みたい……ホントに馬鹿みたい。
 平気なはずないのに。泣きたかったはずなのに。
 わたしには、泣きたいときは泣いたほうが良い、って言うのに。
 自分はちっとも泣かなくて。
 わたしが居たからかな……。
 わたしのせいで、お兄ちゃん泣けなかったのかな……」

最後のほうは、独り言のようになってしまいました。
突然、がばっとVが後ろから抱きつきました。

「○○ちゃーん、泣いちゃダメだよー」

「え……? わたし、泣いてる? あれ……? おかしいな」

それまで乾いていた目蓋が熱くなり、涙が溢れてきました。

Yさんの、うわずった声が聞こえてきました。

「えっと……うまく言えないけどさ……。
 お兄さんは、○○ちゃんを守りたかったんだと思う。
 だけどね。泣けないよ。自分が泣くと○○ちゃんも泣いちゃうからさ。
 ○○ちゃんのせいじゃないよ。男ならそうするって。
 俺は、お兄さん、やっぱり立派だと思うな。
 ……それにさ、ここで話していても、ホントのことわからないじゃない。
 今度お兄さんと会ったとき、ゆっくり話してみるといいと思うよ」

「兄ぃ……エエこと言う」

「……そうですね。わたしが泣いたら、ダメですね」

「うーん……泣いてもいいと思うけどな。
 ○○ちゃん、真面目すぎるよ。
 泣きたいときは、いっしょに泣けばいいじゃない。
 泣いてばっかりじゃ困るけど、泣いたらすっきりするんだからさ、ね?」

わたしは、何度も大きくうなずきました。

(続く)

●連載198(ここでの連載017)●
2002年1月8日 19時46分16秒

「○○ちゃん、すっきりしたー?」

「うん、すっきりした。V、重いよ」

「わたしそんなに重くないよー」

Vがむくれながら離れました。

「ふふっ、ごめん、V。ありがとう。みんな、ありがとう」

「気にしんとき。困ったときはお互い様や。
 兄ぃ、ちょっとは見直したで」

「気味悪いなぁ……褒めてもなんにも出ないぞ」

「あーもう! せっかく褒めてんねんから素直に聞いとき。
 一生に一度あるかないかのチャンスやねんから」

「酷いなぁ……」

Uが笑いだし、それが伝染してみんなで笑いました。

「ねー、みんなで晩ご飯食べようー?」

そうVが提案しましたが、Yさんは遠慮しました。

「えっと、急に来てそれはまずいんじゃないかな」

「わたしも帰る。目が腫れてるの、家の人に見られたくないし」

「そうやな、今日はこのへんでお開きにしよか」

「えー? みんな帰っちゃうのー?」

「またみんなで集まったらエエやん」

「お兄さんもまた来てくださいねー?」

「うん、楽しみにしてるよ」

YさんとUが、わたしを家まで送ってくれることになりました。
Vの家を出てすぐ、UがYさんに話しかけました。

「兄ぃ、Vには彼氏がいるんやから、懐かれても勘違いしたらアカンで?」

「わかってるって、それぐらい」

Yさんは苦笑いして、両腕をぐるぐる回し、「あーあ、今日は疲れた」
とこぼしました。

「お兄さん、今日は本当に、ありがとうございました」

「あ、そ、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。
 気にしない気にしない。少しでも役に立てたら良かった」

「はい」

「だけど……正直、お兄さんが羨ましいな」

「え?」

「こんなに心配してくれる可愛い妹がいるんだもんな……」

振り向くと、Uの目が危険なほど細められていました。

「……って、俺にはUがいるから別に羨ましくはないな」

「取って付けたように言わんとき。ふん」

「U」

肩を叩こうとしたYさんの手を振り払って、Uは駆けていきました。

「先に帰って晩ご飯の支度しとくわー」

「またねー」

Uが見えなくなると、Yさんはため息をつきました。

「ハァ……あいつはどうしてああなのかなぁ?」

「お兄さん、わたしも羨ましいです」

「へ? なにが?」

「Uには優しいお兄さんがいますから」

「ハハハ、○○ちゃんのお兄さんのほうが優しいよ」

「それに、Uはいつもお兄さんといっしょに居られます」

「まぁ……いるとうるさいけど、いなくなると淋しいだろうなぁ」

家の前まで来て、Yさんが言いました。

「じゃ……俺は頼りないけど、なにかあったら相談に乗るよ。
 遠くのお兄さんより近くのお兄さん、って言うしねっ?」

「ふふふっ。面白いです。お兄さん」

「そう? やりぃ!」

Yさんはガッツポーズを取ってから「じゃ、またね」と去って行きました。
Yさんを見送って、わたしは家に入りました。
自分に友達が居て良かった、としみじみ思いながら。

心の奥底には、まだ重しが沈んでいましたが、
その痛みは、耐えられないほどではありませんでした。

それから、数日が経ちました。
下校の途中で校門に差し掛かると、cさんが壁に寄りかかっていました。
わたしはUとVにささやきました。

「わたしに用みたいだから、ちょっと行ってくる」

「わたしらもいっしょのほうがエエんと違うか?」

「じゃあ、遠くから見てて」

わたしが1人で近づいていくと、cさんは壁から背中を離しました。

「こんにちは」

「よう。こないだの約束のお返し、そろそろいいだろ?」

「今日はこれから図書館に寄ります。今度の日曜で良いですか?」

「お、いいぜ。どこ行く?」

「駅前のロータリーの屋根の下で、1時に待ってます」

(続く)

●連載199(ここでの連載018)●
2002年1月13日(日)19時00分

わたしはcさんに一礼して、Uたちの元に戻りました。
2人とも不思議そうな顔をしています。

「案外早かったやん」

「よかったねー」

「今日はね。日曜日に会う約束したから」

「なんやて!!
 ……アンタ、それは飛んで火にいる夏の虫ちゅうやつやで」

「わたし、虫じゃないよ」

「そんな話してへん!
 あの先輩と2人きりで会うやなんて、無謀すぎるで」

「誰も2人きりで会うなんて、約束してないけど?」

「ハァ?」

「cさんには情報提供のお礼におごるだけ。
 UとVとYさんにもお世話になったから、おごるね」

「……つまり、わたしらにも来い、ちゅうことか?」

「駅前のデパートの喫茶店のパフェ、好きなの選んで良いよ」

「……う……それは、魅力的やけど、
 わたしらがついてったら、先輩『騙された』って言わへんか?」

「約束してないことで、怒るほうがおかしい」

「アンタ……詐欺師になれるな。先輩怒るで絶対」

「だいじょうぶ。いざとなったら、お兄ちゃんの名前出すから」

「きったなー」

「目的に応じて、最適の手段を選ばなくちゃ。
 それともUは、パフェをタダで食べたくない?」

「行く行く」

「Vも来るでしょ?」

Vのほうを向くと、意外にも、眉間にしわを寄せていました。

「うーー」

「どうしたの?」

「日曜日は、おにーちゃんと勉強する約束してるのー」

Xさんとのお勉強タイムを取るか、デラックスなパフェを取るか、
必死に悩んでいるのが見て取れました。

「それじゃ、Vにはお土産買ってきてあげる。
 あそこはアップルパイも美味しいよ」

「ホントー?」

Vは一転してニコニコ顔になりました。

「せやけどアンタもブルジョアやな。
 先輩とわたしと兄ぃとVにおごるやなんて、
 Vより小遣い多いんか?」

「そんなことない、と思うけど。
 わたし、UやVみたいに、買い食いで無駄遣いしないから」

「それはアンタが少食すぎるだけやん!
 育ち盛りなんやから、買い食いぐらいふつうやで。
 そんなんやから育たへんのと違うか?」

Uの視線が胸元に注がれたので、わたしの声は自然と冷たくなりました。

「ふーん。そういうこと、言うんだ」

「ウソウソ。日曜日まではなんも言わへん」

Uのあからさまな現金さには、ため息しか出ませんでした。

日曜日の昼前、わたしは教会の2階で、カーペットに寝ころんでいました。
横ではUもごろごろしています。

「先輩、ここに呼んだらよかったんと違うか?」

「どうして?」

「アンタのその姿見たら、一発で幻滅するで」

「それ……どういう意味?」

「いつも教室でシャキッとしてるアンタが、ここではタコみたいやん」

「……教室だと、どうしても緊張しちゃうの。
 ここに居ると、なんだか家に居るより落ち着く」

「アンタも馴染んだなぁ……洗礼受けるんか?」

「え? わたしが? まさか」

「Vは今年中に洗礼受けるらしいで。さっきW先生と話してるの聞いた。
 けっこういろいろ準備のための勉強がいるらしいで」

「ふぅん。大変ね……」

カトリックでは生まれたときに洗礼を受けますが、
プロテスタントでは、しかるべき時期に、自分の意思で洗礼を受けるのです。
Vならきっと、善良なクリスチャンになるだろう、と思いました。

「どうせXの兄ちゃんに勧められたんやろけどなぁ。
 どっちの家も家族ぐるみクリスチャンやから。
 わたしは聖書読んでもようわからんけど、
 アンタやったらもう下手な信者より詳しいんと違うか?
 自分でも聖書買うたんやろ?」

「うん。文語訳と口語訳と共同訳。
 文語訳は小説なんかでもよく引用されるし」

「3種類もか……? 読んで面白いんか?」

「物語としては面白いね。信じられたら、救われるんだろうと思う」

「信じられへん?」

「信じたいけど、信じ切れない。それじゃ、信者にはなれない」

「かったいなぁ。そんな真剣な信者なんてめったにおらへんで」

「仕方ないよ、こういう性格なんだから」

「そらそうやな。……ぼちぼち行こか」

わたしとUは起き上がって、まだ子供たちと遊んでいるVに合図し、
教会を出ました。

「お兄さんは?」

「今ごろこっちに迎えに来てる途中のはずや」

「迎え?」

「来た」

Uの指先の方向を見ると、Yさんが自転車をこいで走ってきていました。

(続く)

●連載200(ここでの連載019)●
2002年1月15日(火)21時00分

キキキと音を立てて急停車したYさんに、Uの声が飛びました。

「遅いやん!」

「無理言うなよ……あれ、○○ちゃんの自転車は?」

「あの……わたし、バスで行くつもりで」

「無茶言うてんのはどっちや。
 ○○は体育もずーっと見学やねんで、自転車乗れるわけないやん!
 そんな無神経なコトしか言えんアホは死んだほうがマシや」

相変わらず、UはYさんに遠慮というものがありません。

「……うぐ。すまん。ごめんね、○○ちゃん」

「気にしないでください」

「ほな行こか」

Uの宣言に、Yさんはこわごわ尋ねました。

「……行くって、どこへ?」

「駅前行くって言うたの忘れたんか? 脳味噌腐ってへんか?」

「それはわかってるけど、自転車1台しかないぞ。
 駅前で落ち合うのか?」

「3人で乗って行けばエエやん。わたしも○○も軽いしぃ、
 2人ぐらい増えても楽勝やろ? ○○、アンタが先に乗り」

「乗るって、どこに……?」

「詰めたら荷台に乗れるて。
 アンタが落ちんように後ろから支えたるわ」

「3人乗りは、危なくないかな……?」

「兄ぃを信用し。万が一転けてもアンタだけは守ったる」

「お前……信用してないぞそれ」

Uに押されるようにして、YさんとUのあいだに挟まれました。
サンドイッチの具になったような感じです。

自転車が走り始めると、少し左右にふらつきました。
わたしは恐怖にかられて、ぎゅっとYさんの腰にしがみつきました。
「しっかりせんかーい!」と、UがYさんの頭を叩きました。

道路の段差を越えるとき、衝撃が尾てい骨にまともに伝わりました。
お尻の肉が薄いので、クッションの役目を果たさないのです。

「痛っ……」

「もっとていねいに走り。○○が痛い言うてる」

「あ、ごめん。ちょっと遠回りになるけど、裏道を行くね」

裏道は一種の遊歩道で、表通りと違って道路に段差がありませんでした。
3人を乗せた自転車は、重さに軋みながらも滑るように進みました。

駐輪場の手前で自転車から降りると、お尻が少し痺れていました。
もう、約束の時刻が迫っていました。

「お兄さん、ありがとうございました。
 あんまり時間がありません。
 Uと2人で、先に喫茶店に行って、場所を取ってください」

「え? ○○ちゃんは?」

「わたしはcさんを連れて行きます」

「○○、そら危ないで。アンタのほうがどっか連れてかれるんと違うか」

「そうだよ。3人で行こう」

「いきなり3人で行ったら、cさんを信用してないみたいじゃないですか」

「アンタは信用してるんか!」

「お兄ちゃんがわたしのことを頼んでくれた人だもの。
 わたしに無茶はしないはずだよ。
 お兄ちゃんが信用できないって言うの?」

「……そういうことなら仕方ない。
 でも遅くなるようだったら見に行くからね、それぐらいはいいだろ?」

「はい、それじゃ」

わたしは2人から離れて歩きだしました。
ロータリーの近くに行くと、cさんが花壇の縁に座っているのが見えました。
cさんはわたしの姿に気がついて、煙草を足元に捨て、踏み消しました。

「よう、時間ぴったりだな」

わたしは返事をしないで、cさんの足元にしゃがみました。
数本の吸い殻をつまみ上げ、ポーチからハンカチを取り出して包みました。

「おい、なにやってんだお前!」

「掃除」

「嫌味か? 手が汚れるぞ」

「道が汚れるよりはマシです」

「…………」

cさんにはわたしの行為が理解できなかったらしく、言葉が途切れました。

「こっちです」

わたしは先に立って歩きだしました。cさんはすぐに隣に並びました。

「どこに行くんだ?」

「パフェが美味しい喫茶店です。もう場所を取ってあります」

「どうしても俺にパフェを食わせたいのか?」

「苦情は食べてから言ってください。
 食べれば、きっと美味しいとわかるはずです」

「お前みたいな変な女、見たことねぇよ」

面白がっているのか、呆れているのか、よくわからない口調でした。
喫茶店に入ると、cさんの顔が途方に暮れたようになりました。

「なんで俺はこんなとこにいるんだ? 女ばっかりじゃねぇか」

「男の人も居ますよ。ほら」

UとYさんが並んで座っている、4人がけのテーブルに案内しました。
わたしが座っても、cさんはまだ立ったままでした。

「どういうことだ、これは?」

(続く)


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