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お兄ちゃんとの大切な想い出 連載171〜180

「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」に掲載した連載171〜180を抽出したものです。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)

161〜170
171172173174175
176177178179180
181〜190

●連載171●
2001年12月9日 19時57分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」143-147)

お風呂に入るには、裸にならなくてはいけません。
服を脱がされたりしたら、ショーツが湿っているのがバレてしまいます。

それに気が付いたわたしは、運ばれる途中でジタバタと暴れました。
お兄ちゃんは演技と受け取ったようで、ただ笑うだけです。

「やっぱり猫だな、お風呂は嫌いか。暴れると落ちるぞ」

何を思ったのか、お兄ちゃんはくるりと引き返し、階段に向かいました。
階段の途中で落ちたりしたら、洒落になりません。
わたしはひしっと、お兄ちゃんの肩に抱きつきました。

2階に上がると、お兄ちゃんはわたしの部屋のドアを開けて、
わたしを中に下ろしました。

「服を着たまんまじゃ風呂には入れないからな。
 水着に着替えるんだ。外で待ってる」

わたしはホッとして、水着と下着とパジャマを取り出しましたが、
すぐに、白い水着は濡れると透けることを思い出しました。

白い水着以外で今すぐ着れるのは、去年買ったスクール水着しかありません。
わたしは仕方なくスクール水着に着替えて、ドアを開けました。
お兄ちゃんも水着に着替えていました。

「お前……それは?……ああ」

白い水着を着ていない訳が、お兄ちゃんにも通じたようです。
お兄ちゃんはまたわたしを担ぎ上げ、階段を下りました。
まだ猫ごっこは終わっていないようです。

お風呂のお湯は、まだ少ししか溜まっていませんでした。
お兄ちゃんは、お湯に白く濁る温泉入浴剤を入れました。

「こないだは結局、温泉にゆっくり浸かれなかったからなぁ」

お湯が溜まるまでのあいだに、シャンプーしてもらいました。

「気持ち良いか?」

「にゃー」

「シャンプーが好きな猫ってのも可笑しいな」

2人きりなので、気兼ねなく湯船でお互いの顔にお湯を掛け合いました。
自宅のお風呂なのに、プールに来ているみたいでした。

わたしは遊び疲れて、お兄ちゃんの胸に背中をもたせかけました。
後頭部を押しつけてグリグリすると、脳天を顎でカックンされました。
ずっとお湯に浸かっているうちに、わたしはのぼせてきました。

「そろそろ上がるか?」

そう言って、お兄ちゃんがわたしを立たせました。
わたしが先に上がると、すぐにお兄ちゃんも出てきました。
いつも長風呂のお兄ちゃんにしては珍しい、と思いました。

お兄ちゃんは体をいい加減に拭いて、わたしに「ちょっと待ってろ」
と声をかけ、そそくさと出ていきました。

戻ってきたお兄ちゃんは、カメラを手にしていました。

「まだその格好では記念写真撮ってなかったな」

お兄ちゃんはポーズに注文を付けて何枚か撮った後、さらに言いました。

「この際だから、白い水着に着替えてこいよ」

プールの時の写真は、Yさんがたくさん撮っているはずです。
わたしは首を傾げて見せました。

「もう猫ごっこはいいんだ」

「白い水着は、Yさんが写真撮ってくれたけど?」

「あの時はずっとヨットパーカー羽織ってただろ?」

「それもそうね」

白い水着に着替えてきて、また写真を撮られました。
ファッションショーのように、廊下を歩く演技指導付きでした。

「もう良い?」

「う〜ん、婆ちゃんに貰った浴衣も見てみたいな〜。あ、下駄がない」

お兄ちゃんの凝り方は、以前より度を超していました。
お兄ちゃんはYさんに感化されてしまったんだろうか、と思いました。

「浴衣を着るようなお祭りはなかったっけ?」

「うーん、よくわからない。Uに訊いてみようか」

「そうだな。みんなで行ってもいいし」

さっそく電話してみると、もうすぐ花火大会があることがわかりました。

「浴衣かぁ。わたしもいっぺん着てみたかったんや。
 お母ちゃんに頼んでみるわ。またこないだのメンツで集まろか」

「うん、良いね」

花火大会の日までに、お兄ちゃんと2人で下駄を買いに行きました。
当日になると、空模様が崩れないかと気を揉みました。

独りで浴衣を着るのは初めてだったので、早めに着てみることにしました。
去年の夏に着せられた時のことを思い出して、
同じようにしたつもりでしたが、帯を締めてみると我ながら珍妙でした。

脱いでは着、脱いでは着を繰り返し、
1時間もかけてようやくそれらしい形になりました。
諦めて下りていくと、お兄ちゃんはとっくに準備を済ませていました。

「やっぱ着物は良いな……その髪留め、去年俺が買ってやったヤツだろ?」

「うん」

(続く)

●連載172●
2001年12月10日 19時27分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」168-172)

お兄ちゃんが髪留めのことをちゃんと覚えていてくれた、
たったそれだけで、熱い何かで胸が一杯になって、溢れ出しそうでした。

嬉しくてたまらないのに、なぜか胸の奥が苦しくて、
大きく呼吸しないと、肺に息が入ってきません。

赤い鼻緒の下駄を履いて外に出ると、慣れない着物の裾に足を取られて、
ちょこちょことしか歩けませんでした。

お兄ちゃんが何気なく差し出した右手を取って、バス停までの道を、
ゆっくりと歩きました。

斜めになった陽を浴びるお兄ちゃんの横顔を、じっと見上げながら。
せめて記憶の中に、焼き付けておこうと思って。

胸が痛くなるほどの、今のしあわせは、そう長くは続かない、
と確信していました。

お兄ちゃんが立ち止まって、振り向きました。

「どうした? 帯が苦しいのか?」

わたしは何も言えず、ただ首を横に振りました。

「ま、のんびり行こう。時間はまだある」

再びゆっくり歩きだすと、わたしの中で止まっていた時計が動き出しました。
張り詰めていた世界が、溶けていくように。

バスは混んでいて、掴まる場所もありませんでした。
吊革を握るお兄ちゃんの背中に、セミのように掴まりました。

駅前のロータリーで降りると、Uたち4人はすでに揃っていました。

「遅いでぇ〜」

Uの浴衣は、明るい萌葱色に花の散ったあでやかな柄でした。
赤い帯と合わせた赤いリボンのような髪飾りで、別人のように見えました。
よく見ると、うっすら化粧もしています。

「U、すっごく可愛い」

お兄ちゃんも感嘆したように、うんうんとうなずきました。

「へへぇ〜、ホンマにぃ?
 ○○もめっちゃ綺麗やん。極道のおんなって感じやわ。なぁ兄ぃ?」

「う〜ん、良いんじゃないかな」

隣に立つYさんは、紺色の渋い浴衣を着ていて、書生さんのようでした。
目を逸らして、どこかを見ています。
褒められているのかどうか微妙で、返事に困りました。

「なんや兄ぃ! ちゃんと見たり。失礼やん」

「お前なぁ……じろじろ見たら怒るくせに……」

Yさんはぶつぶつ言っています。また喧嘩が始まるかと思いましたが、
Uは今日は異常に機嫌がよく、ぺちぺちYさんの背中を叩くだけでした。

Vが、ぷうっとむくれているのが目に入りました。
こちらは、あまりにも予想通りの格好です。ため息が出るほど派手でした。
結い上げた髪に似合っているのは確かなのですが。

「V、綺麗ね」

「ホントぉー? Uったらヒドイんだよー。派手すぎるってー。
 自分だって今日は派手なくせにー」

後ろではXさんが明らかに苦笑しています。
お兄ちゃんがフォローを入れました。

「Vちゃんはとっても可愛いから、もっと大人しめの着物のほうが、
 引き立つんじゃないかな、ってことだと思うよ」

「えーそうですかー、やだー」

Vは赤くなって、ちっとも嫌そうではありませんでした。
わたしはこんな恥ずかしい台詞を人前で言えるお兄ちゃんに、
内心呆れました。

「○○、アンタ、帯変なんとちゃう?」

「え?」

「自分で結んだんか? わたしはお母ちゃんに教えてもろうたから、
 結び直したるわ。Vも来て手伝い」

切符を買ってみんなで駅に入り、UとVと3人でトイレに行きました。
結局最初から着付けなおしてもらい、出てくると、人の波ができていました。

「めっちゃ混んできたみたいやな。みんな花火大会に行くんやろか?
 アリみたいにぞろぞろ……踏みつぶしたくなってくるわ」

「わたしたちも踏まれちゃうよ?」

「それもそやな」

電車の中も混んでいて、空いた座席はありませんでした。
男性陣が盾になって、出入り口の脇にスペースを作ってくれました。

お兄ちゃんと向かい合って、すれすれに近づいていっしょに揺れていると、
なんだかダンスを踊っているようで、わたしの中の時計がまた止まりました。
揺れて何度かお兄ちゃんにぶつかると、そっと肩に腕が回されました。

目的地の駅に着いて、電車から吐き出されました。周りは人で一杯でした。

「はぐれたらアカンで」

わたしたちは、それぞれ男女でペアを作って寄り添いました。
花火が打ち上げられる川沿いの一帯は交通規制がされていて、
一方通行でしか歩けません。

「あ、屋台がある! 兄ぃ、かき氷買うてきて」

夜店が道路脇に軒を並べていました。
ぱあん、と音が降ってきました。見上げると、最初の花火が散るところでした。

(続く)

●連載173●
2001年12月11日 20時31分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」227-231)

人波に押されて少しずつ進みながら、ちらちら夜空を見上げました。
紫紺の空をバックに、次々と大輪の花が咲いて、散っていきます。

橋を渡って道の外れに寄りました。
Yさんが、紙コップに入ったかき氷を、両手と胸に6個も抱えて来ました。

「○○ちゃん、2個取って。手が動かせない」

「あ、どうも。お金は……」

「おごりおごり。今日はUのヤツ機嫌いいし」

「なにかあったんですか?」

Yさんは首をひねりました。

「さぁ……?
 浴衣着たら見違えたんで、ボケッと見てたのに怒らなかったし?」

想像したら、わたしもにやけました。

「黙って見てたら良いと思います」

「そう……?」

Yさんを見送って、かき氷を1個、お兄ちゃんに手渡しました。

「あの2人、仲良いな」

「いつもは喧嘩ばっかりしてるのに」

「だからだろ」

「……わたしたちは、喧嘩しないね」

「喧嘩したいのか?」

「嫌」

「なら、それでいいだろ」

なにがいいのかわかりませんでした。でも、それでいい、と思いました。
わたしとお兄ちゃんのあいだだけ、暖かい風が流れているようでした。
その時、言葉は要りませんでした。

ぱんぱんぱんぱん、と続けざまに音が鳴りました。
細く光る赤や青の筋が、広がってゆっくり落ちていきました。

お兄ちゃんは、街灯に背中を預けました。
わたしも引き寄せられて、お兄ちゃんの胸に背中を預けました。

夜空に花が咲き、少し遅れて音が響いてきます。
黙って、さまざまな形の花火に、見入りました。

ずっと上を向いていると、首が痛くなってきました。
大きな花火が開いて、わたしはついに言葉を漏らしました。

「綺麗……」

「ああ……」

「毎日、花火大会があったら、良いな……」

「それじゃ飽きるだろ?」

「そう……?」

「一瞬光って、消えるから綺麗なんだ。あとには何も残らない」

「寂しくない?」

「寂しいけど、仕方ないよ。そういうものなんだ」

わたしは言葉を口にしてしまったことを、後悔しました。
黙ったままでいれば、永遠のように思えたのに、と。

「……お兄ちゃんは、わたしが死んだら、寂しい?」

「バカ! なに言ってんだ」

「わたしは体弱いから、お兄ちゃんより先に死ぬと思う。
 わたしが死んでも、覚えてる?」

それは、確定した未来のように思えました。

「……バカ、そんなこと、言うな」

わたしの胸元を、お兄ちゃんの腕が、息苦しいぐらいに締めつけました。
後ろ頭に、お兄ちゃんの胸が、大きく波打つのがわかりました。

泣き声ではないのに、なぜかお兄ちゃんが泣いているように思えました。
わたしはお兄ちゃんの腕を掴んで、力の限り握りしめました。

「ごめんなさい。もう言わない」

わたしは口をつぐみ、また暗い空と、明るい花火を見上げました。
やがて視界の三分の一ぐらいを覆う、瀑布のような花火が弾けました。

どどどどどど、と滝の音のような音が、遅れてやってきました。
花火大会の、終わりの合図でした。

「終わったね」

「ああ……でも綺麗だった」

「わたし、忘れない」

今夜のこと、花火の美しさ、風の暖かさ、お兄ちゃんの寂しげな声を、
わたしは一生忘れない、と心に誓いました。

「みんな、どこに行ったんだろうな?」

言われて見回すと、4人の姿が見えません。
花火に見入っていて、すっかり忘れていました。

「少し歩くか」

ぞろぞろと家路に就く人波に流されないように、お兄ちゃんが先に立って、
歩き始めました。

川原に下りて、雑草を踏みました。
明かりの届かない暗がりで、寄り添う影がいくつもありました。

人目もはばからず、キスをしているカップルも居て、目を逸らしました。
お兄ちゃんも見ただろうか、と思うと、どきどきしました。

その時、夜目にも鮮やかな浴衣の柄が、目に入りました。
XさんとVが、キスをしていました。

(続く)

●連載174●
2001年12月12日 19時54分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」260-264)

思わず足が止まってしまい、わたしはお兄ちゃんに引きずられました。

「……? どうした?」

その時のわたしはきっと、魂の抜けたような顔をしていたと思います。
わたしの視線を追って、お兄ちゃんも気が付きました。

「あ」

お兄ちゃんの手にぐいぐい引っ張られて、川沿いの道に上がりました。
わたしはまだ、ショックから抜け出せていませんでした。
お兄ちゃんの照れくさそうな声が、耳に入りました。

「いや……驚いたな。あの2人、付き合ってたんだ」

中学校にもなれば、クラスにもカップルぐらいは出来ています。
でも、あの子供っぽいVが……5つも年上の高校生と付き合ってるなんて、
わたしの想像を超えていました。

「わたし……知らなかった」

「ん……まぁ、気にすんな。Vちゃんも言うのが恥ずかしいんだろ。
 そのうちちゃんと教えてくれるさ、友達なんだろ?」

「……うん」

さっきのキスシーンが目に焼き付いて、お兄ちゃんを見られませんでした。
お兄ちゃんの顔を見ようとすると、唇が動くのを目で追ってしまいます。

「先に行ってれば後から来るさ」

どきどきする胸を抑えながらうつむき加減で歩いていると、Uの声がしました。

「あーー! ○○、そんなトコにおったんか。探したでもう!」

Yさんが小声でツッコミを入れました。

「お前なぁ……夜店回ってただけやないか。どんだけ食うねん」

見ると、Uは両手に別々の食べ物の串を持っていました。

「VとXの兄ちゃんともはぐれてしもうた。向こうで見ぃへんかったか?」

お兄ちゃんがわたしの目をちらりと見て、代わりに答えました。

「見なかった……けど、川原は暗いからすれ違ったかもしれない。
 ここで待ってたら来るんじゃないかな?」

「あ、そうですか。じゃあ、お兄さんもなにか食べません?」

Uの標準語は、背筋が凍りそうなほど奇妙なイントネーションでした。

「そうだね、じゃ、行って来る」

戻ってきたお兄ちゃんは、玉子カステラとイカの姿焼きを手にしていました。

「味見してみろよ」

わたしは差し出されたイカを、一口だけかじってみました。

「美味しいけど、そんなに食べられないから、お兄ちゃん食べて」

わたしがかじったイカの残りを、口に入れるお兄ちゃんを見ていると、
呼吸が困難になってきたので、Uのところに撤退しました。

甘い玉子カステラをUと2人で食べていると、Vがやってきました。

「あー、みんなここにいたんだー」

「V、どこに行ってたんや?」

Xさんが答えました。

「ごめんごめん。暑いからちょっと川原を散歩してたんだ。
 そろそろ人も少なくなってきたかな」

どれだけ引き回されたのか、疲れた様子のYさんが話を継ぎました。

「そしたら、そろそろ帰りましょか」

駅までの道をぞろぞろと歩きました。

VとXさんをちらちら見ても、特に変わった様子はありません。
Vは以前から、Xさんとああいう関係だったんだろうか、と思いました。

人の数は減っていましたが、それでも道はかなり混んでいたので、
途中から表通りを外れた細い道に入りました。

「なぁ、せっかく来たんやから、なんか食べていかへん?」

UがYさんのたもとを引っ張りました。

「お前なぁ……このへんはどこも人で一杯だぞ?」

抵抗しながらも、Yさんの声は白旗を掲げているようなものでした。
Uの視線の先には、回転寿司チェーンの看板がありました。
店の中は、意外にも空いているようでした。

お兄ちゃんがわたしに尋ねました。

「○○、ワサビはだいじょうぶか?」

「え……うん、香辛料は問題ない」

Yさんの抵抗もむなしく、揃って回転寿司の店に入りました。
カウンターではなく、ベルトコンベアから直角に突き出した座席に着きました。

「他の店はみんな行列できてたのに、運が良かったですね」

お兄ちゃんにそう言われても、Yさんは力無く笑うだけでした。

「ははは……」

Xさんは、じゃれつくVをかわすのに精一杯のようでした。
わたしは巨大な湯飲みでお茶を飲んで、一息つきました。
意識がそこらにさまよっているようで、考えがまとまりません。

わたしが黙っていると、コンベアの側に座っているお兄ちゃんが言いました。

「どれ食べる? 取ってやるよ」

「卵焼きと、シーチキン」

皿をわたしの前に置きながら、お兄ちゃんは難しい顔をしました。

「どうしたの?」

「ちょっとな……美味しくなさそうだ」

噛んでみると、卵焼きは固くなっていました。
握ってから時間が経ちすぎていたようです。
わたしが今まで食べた中で最悪の、目が覚めるほど不味いお寿司でした。

「なんやこれ!」とUが怒り出しました。
Yさんが「こんなとこで騒ぐなよ」となだめました。

早々に会計を済ませ、外に出ました。Uはまだ怒っていました。
「こんなトコすぐに潰れるわ!」と大声で言いました。
わたしも内心同意しました。

(続く)

●連載175●
2001年12月13日 19時39分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」293-297)

「おいおい……U、店の人に聞こえたらどうすんだ?」

Yさんが小声でUをなだめにかかりました。

「聞こえたかてかめへん!」

「お前なぁ……せっかく今日はめっちゃ綺麗にしてんのに、
 怒った顔してたら台無しやないか……」

「……ホンマに綺麗か?」

「ああ、見直したで。帰りにケーキ買うたるから、機嫌直し」

「もう……兄ぃは……。わたしは食いモンに釣られる子供やないで」

文句を言いながらも、Uは大人しくなりました。

不意にVが歌うように言いました。

「わたしもケーキ食べたいなー。食べたいなー」

「Vちゃん……それって、ボクにケーキ買えってこと?」

「そんなことないよー。わたしお小遣いもってるしー。
 一番大きいケーキ買ってお家でみんなで食べるのー。
 おにーちゃんも来ていっしょに食べようよー」

「いや……遅くなるとまずいし」

「空いたお部屋あるから泊まっていけばいいよー、ね、そうしよー?」

Xさんは、Vのペースに逆らえないようでした。

わたしは小声で囁きました。

「お兄ちゃん……」

「ん?」

「ケーキ買う?」

「ああ、寿司はちょっとしか食えなかったしなぁ。
 お前、疲れてるだろ。帰ってから作ってたら遅くなる」

帰りの電車でも腰を下ろすことはできず、ゆらゆら揺られながら、
立ったままお兄ちゃんにもたれて、うつらうつらしました。

電車を降りて、駅の近くのケーキ屋にみんなで行きました。

「なんやー、エエもん残ってへんなー」

「こんな時間なんやからしゃあないやろ」

「大きいケーキより小さいほうが美味しそうだねー」

Vが大量に買い占めたので、陳列棚のケーキは品切れになりました。

人通りの少なくなった、駅前のロータリーで解散することになりました。
最後にUが言いました。

「みんなでまた遊ぼうな……寿司屋は最低やったけど、
 それ以外は最高やった」

Yさんが呆れたように言いました。

「まだ言ってる……今日は写真撮れなかったのが残念だけど、
 今度また、みんなの写真撮ってあげるからね」

そう言えば、Yさんがカメラを持っていないのは、今日が初めてです。

「お兄さん、カメラ、壊れたんですか?」

「いや……浴衣でごっついカメラ下げて歩くんやったら置いていくって、
 こいつが言うもんやから……」

「あったりまえやん」

「たまにはカメラを気にしないで遊んだほうが、楽しいと思います」

「こいつはカメラより手がかかるしね、ははは、いてっ!」

Uの良いパンチが、Yさんの脇腹に決まりました。

帰りのバスでは、空席に座ることができました。

「お兄ちゃん」

「なんだ?」

「UとYさんって、良いね」

「ああ……でも、人それぞれだろ。俺たちだって、悪くないと思うぞ」

「うん」

バス停からの道は、暗くて怖ろしいほど静かでした。
わたしは足の裏の痛みをこらえながら、ああ、一日が終わっていく、
と思いました。

玄関に入って、わたしは言いました。

「着替えてお茶いれるね」

「ちょっと待った」

「え?」

「疲れてるだろうけど、着替えるのは写真撮ってからにしよう。
 今日は写真撮ってないからな」

お兄ちゃんはバタバタとカメラを取りに行って、すぐに戻ってきました。

「待って」

「ん? どうした?」

わたしは2階に上がって、自分の部屋に入りました。
鏡の前に座り、机の引き出しからリップクリームを取り出しました。

唇にリップを塗っていると、VとXさんのキスシーンが蘇りました。
顔が火照ってきて、胸がどっどっと打ちはじめました。

ノックの音がして、わたしは座ったまま飛び上がりました。

「○○、どうしたんだ?」

お兄ちゃんの怪訝そうな声が聞こえました。
わたしは「なんでもない」と答えようとしましたが、
出たのは「あぁぁぁぁ」という訳のわからない声だけでした。

お兄ちゃんがドアを開けて入ってきました。
振り向くと、本気で心配そうな顔をしていました。
お兄ちゃんの唇が、別の生き物のように動きました。

「だいじょうぶか?」

「ぁぁぁ…………キス」

わたしは、とんでもないことを口走っていました。

(続く)

●連載176●
2001年12月14日 19時23分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」351-355)

お兄ちゃんもわたしも、その場に凍りつきました。
異様な雰囲気で、視線を外せません。
少しでも身動きしたら、何もかも終わってしまう、そんな切迫感がありました。

先に口を開いたのは、お兄ちゃんのほうでした。

「お、お前……なに、言ってるんだ?」

お兄ちゃんの驚愕した表情が、わたしの胸を切り裂きました。
わたしはなんとかして言い訳しようとしましたが、
口が震えてしまって、何一つ言葉が出てきません。

気が遠くなるほど、長いあいだ見つめ合っていたと思います。
お兄ちゃんが、わずかに後ずさったように見えました。

わたしは理由もなく、このままお兄ちゃんがどこかに消えてしまう、
という不安に襲われました。

わたしは立ち上がって、お兄ちゃんに飛びつきました。
腰に腕を回して、思いっきり締めつけました。

「○○!」

お兄ちゃんの手の平が右肩を掴んで、わたしを引き剥がそうとしました。
わたしは渾身の力をこめて、しがみつき続けました。

「いゃああああ!」

不意にお兄ちゃんの体から、力が緩みました。
ぽんぽん、と、わたしの背中が優しく叩かれました。

「わかったから、泣くな。落ち着け」

そう言われてみると、わたしは涙を流していました。
がちがちに強張ったわたしの体を、お兄ちゃんがゆっくりと離しました。

お兄ちゃんの手が、わたしの帯を解きました。
わたしはまだ、棒立ちになったままでした。

浴衣を脱がされても、わたしはマネキン人形のように、突っ立っていました。
この後なにが起こるのか、頭がまったく働きません。

わたしの体に、タオルケットが巻かれました。
抱きかかえられて、ベッドに連れて行かれました。

横になっても、わたしの全身は硬直していました。
緊張しすぎたせいか、背中と首の筋肉が悲鳴を上げました。
締めつけられたように、きりきりと頭が痛みます。

添い寝したお兄ちゃんの声が、耳許でしました。

「俺はここにいるから。大丈夫、大丈夫」

お兄ちゃんの指が、わたしの顔を撫で、髪を撫で、下から首を掴みました。
首を揉まれると、頭の痛みが少し軽くなり、わたしは目を細めました。

横からお兄ちゃんの顔がかぶさってきて、お兄ちゃんの唇が、
わたしの唇と重なりました。ほんの一瞬の、触れるだけのキスでした。

お兄ちゃんが顔を上げました。わたしが何も言えずにいると、
お兄ちゃんは意味不明の単語を口にしました。

「じんこーこきゅーだ」

お兄ちゃんはわたしの体を裏返し、「だいじょーぶだいじょーぶ」と
呪文を唱えながら、わたしの首や肩、脹ら脛や足の裏を揉みました。

わたしはいつの間にか、ぷつりと糸が切れるように、眠りに落ちていきました。

翌朝の目覚めは突然でした。
わたしはガバッと身を起こし、自分がパジャマを着ていないのに気づいて、
ゆうべのことは夢ではなかったんだ、と自覚しました。

お兄ちゃんに醜態をさらしてしまった、と思うと絶望的になりました。
でも、ベッドの中で丸くなっていたら、お兄ちゃんが心配して見に来ます。

わたしはベッドから下りて、床に転がっていたリップを拾いました。
部屋着を着て、ぞんざいに畳まれた浴衣や帯をきちんと畳み直し、
そうっと1階に下りていきました。

お兄ちゃんはどこにも居ませんでした。
パニックに陥りかけましたが、玄関にランニングシューズが無いのを見て、
早朝トレーニングに出かけているのだ、とわかりました。

じっと待っているのに耐えきれず、朝ご飯の支度をすることにしました。
おみそ汁の出汁や具は、すでに用意されていました。

卵焼きを作ろうとして焦がしてしまい、作り直しました。
そうこうしているうちに、お兄ちゃんが帰ってきました。

「シャワー浴びてくる」

それだけ言って、お兄ちゃんは風呂場に行ってしまいました。
わたしは判決を待つ犯罪者のような心持ちで、座って待っていました。

お兄ちゃんがダイニングに入ってきました。

「おはよう。今日は早いな。朝ご飯作ってくれたのか」

わたしは顔を伏せました。

「お兄ちゃん……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

壊れたオルゴールのように、繰り返しました。

「何言ってるんだ。気にすんな。まぁ、ゆうべはビックリしたけどな……。
 お前が取り乱すなんて、初めて見たから。
 まぁアレだ。水に溺れたようなもんだろ。年頃だから、しょうがないさ。
 それより腹減った。ご飯よそってくれよ」

(続く)

●連載177●
2001年12月15日 20時03分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」395-399)

わたしはホッと安堵しながら、ご飯とおみそ汁をよそって、
お兄ちゃんの前に置きました。
お兄ちゃんはみそ汁を一口吸って、言いました。

「みそ汁の味付け、俺ともう変わらんな。いつでもお嫁に行けるぞ」

「お兄ちゃん……」

「ん?」

「キスしてくれて……ありがと」

ぶはっ、とお兄ちゃんがみそ汁を吹き出しました。
気管に入ったのか、げほげほと咳をしています。
わたしはタオルを取ってきて、お兄ちゃんに手渡しました。

「だいじょうぶ?」

「げほっ……お前……あれは……真似事みたいなモンだ。
 練習だ練習……兄妹なんだから……キスのうちに入らないって。
 本気のキスは、彼氏にとっとけ」

「練習……」

練習だったのかぁ、と思うと、ずーん、と気持ちが沈み込みました。

「……また、練習させてくれる?」

ゆうべのキスは、何がなんだかわからないうちに終わっていました。

「ババババカ、ダメに決まってるだろ!」

「練習なら……」

「練習でも、何遍もしてたら本気になるかもしれないし……」

練習のキスと本気のキス、どこがどう違うのか、よくわかりませんでした。

「じゃあ、あと1回だけ……お願い」

じーっと、視線が絡み合いました。空気が結晶化したようでした。
お兄ちゃんが先に目を伏せました。

「……1回だけだぞ?」

「うん」

「こっちおいで……待て、抱きつくのは無しな」

立ち上がったお兄ちゃんの前すれすれに立ちました。
練習、練習、練習、と心の中でつぶやきましたが、頭は爆発寸前でした。

「練習なんだから、もっと力抜け」

「あれ……?」

肩がカクカク震えていました。その肩に、お兄ちゃんの手が置かれました。
視野がせばまって、お兄ちゃんしか視界に映りませんでした。

「そのままじゃダメだ。顔上げなくちゃ」

顔を上げると、お兄ちゃんの顔がすぐ目の前でした。
心臓がバクバク言って壊れそうでした。
わたしは一心に、お兄ちゃんの瞳を見つめました。

「目は閉じる」

目を閉じると、自分の鼓動の大きさに体全体が揺れるようでした。
いつ来るのかと待ちかねて、目蓋を薄く開けてみると、
お兄ちゃんの顔が覆いかぶさってきました。

「……!」

息を吐こうとしたところを、お兄ちゃんの唇にふさがれました。
ゆうべと違って、湿った柔らかい感触が確かに感じられました。

再び目を閉じると、体の中で熱いかたまりが膨れあがるようでした。
でも呼吸ができなくて、かたまりを追い出すことができず、
気が遠くなりかけて、お兄ちゃんの肩をぎゅっと掴みました。

ふっと唇から感触が消え、お兄ちゃんが遠ざかりました。
わたしははぁはぁと、空気を求めて荒い息をつきました。

「バカ……苦しかったら鼻で息するんだ」

お兄ちゃんは可笑しそうに笑いました。

「でも……息がかかっちゃう」

「練習はこれで十分だな……今のお前見れば、
 男なら誰だってキスしたくなる。顔、真っ赤だ」

そう言うお兄ちゃんも、顔を赤くして大きく呼吸していました。
お兄ちゃんに肩を軽く押されて、わたしはよろけるように腰を下ろしました。

興奮しすぎたせいか、酔っぱらったみたいに足にうまく力が入りません。
お兄ちゃんはそのまま、台所に行ってしまいました。

お兄ちゃんはしばらくして、紅茶のポットとケーキを手に戻ってきました。

「デザートだ」

お兄ちゃんに向かって、なんて言ったら良いか浮かびません。
お兄ちゃんもそうだったのか、言葉少なでした。
2人で紅茶を飲み、甘いケーキをむさぼるようにもりもりと食べました。

デザートにしては多すぎるケーキを食べ尽くすと、
2人のあいだに、奇妙としか言いようのない緊張感が戻ってきました。

「わたし、お皿洗う」

わたしがぎくしゃくと立ち上がると、お兄ちゃんも立ち上がりました。
お兄ちゃんが食器を洗い、わたしが布巾で拭きました。
何度もお皿を落としそうになりました。

することが何もなくなると、お兄ちゃんがつぶやきました。

「○○」

「え、なに? お兄ちゃん」

「今日はちょっと出かけてくる。帰りは……遅くなるかもしれない」

「どこ……行くの?」

「友達に会ってくる。
 お前も、UちゃんやVちゃんの所に行ってきたらどうだ?」

お兄ちゃんが今日出かけるなんて、初耳でした。

「うん……わかった」

(続く)

●連載178●
2001年12月16日 20時22分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」436-439,441)

お兄ちゃんを見送って、わたしはUに電話をかけました。

「もしもし……」

「○○か? どないしたん、アンタから電話なんて珍しいな」

「これから、行って良い?」

「暇やからかめへんけど……えらい不景気な声して、なんかあったんか?
 ……まぁ来てから話したらエエわ。Vも呼ぼか?」

VのXさんとのキスシーンが蘇りました。

「Vは……呼ばないで」

わたしの語調から何か感じ取ったのか、Uは追及してきませんでした。

「……? なんや知らんけど待ってるで」

Uのマンションに着くと、Uのお母さんが出迎えてくれました。
Uは奥のリビングで、文字通りごろごろしていました。
Yさんの姿は見えませんでした。

「あー来た来た。退屈しとったんや。まぁ座り」

わたしはカーペットに座って尋ねました。

「お兄さんは?」

「バイトやて。駅前の×××ちゅう店や。
 食べに行ったろか言うたら、お前だけは来んな、言うから腹立つわ。
 どうせ他のバイトの子が目当てなんとちゃうか?」

「ホントに?」

「……まさか、あの甲斐性無しが、そんなわけないけどな。
 それより○○、なんか相談でもあるんか?」

もともと相談事があって来たわけではなかったのですが、
Uの目は誤魔化せませんでした。
わたしは何をどう口にしたら良いのか迷って、口ごもりました。

Uのお母さんがリビングに入ってきました。

「U! だらしのうしてないでちゃんと座り。
 ○○ちゃん、足崩してね」

「おかまいなく」

お母さんは、冷えた西瓜が2切れ載ったお盆を置いて、下がりました。
Uはクッションから顎を上げて、よいしょと座り直しました。

「アンタはエエ子やからなぁ……比較せんといてほしいわ」

Uはぶつぶつ言いながら西瓜にかぶりつきました。

「ごめんね」

「マジに言うたんとちゃうから、気にせんといて。
 今日はアンタ、ホンマにノリ悪いなぁ?」

西瓜を食べることに集中して、しばらく無言が続きました。
Uは食べ終わると、またクッションに身を預けました。

「わたしだけごろごろしとったらまた怒られてしまうわ。
 ○○も横になり」

わたしはもう1つのクッションにコロンと横になり、口を開きました。

「Uは、VとXさんのこと、知ってる?」

「オルガンの兄ちゃんか? アンタよりは前から知ってるけどな。
 Vは昔から昨日みたいにXにべったりや」

「VとXさん、真面目に付き合ってるのかなぁ?」

「……? 付き合うてるいうても、彼氏彼女には見えへんなぁ。
 子供と子守のおっさんちゅう感じやけど……それがどないしたん?」

わたしは逡巡して、やっぱりいずれ分かることだと思い、打ち明けました。

「わたし、ゆうべ、見ちゃった。
 VとXさんが、川原でキスしてるところ」

「……! ホンマか?」

「うん。お兄ちゃんも一緒に見た」

「うわ……えらいモン見たなぁ……」

Uは一瞬呆然としてから、険しい顔つきになりました。

「Vはあの兄ちゃんを信じ切ってるみたいやけど、
 わたしにはどうも信用でけへん。
 高3の男が5歳も年下の中1の子と真面目に付き合うもんやろか?」

「わたしにはなんとも言えないけど……」

「あの子が傷つかんように、わたしらで見守ったらなアカンな……。
 アンタが元気なかったんは、Vのこと心配しとったからか?」

「ごめん。Vのことは気になってたけど、今まで心配してたわけじゃない。
 元気ないように見えるんだったら、別の理由」

「『お兄ちゃん』のことか?」

「どうしてわかるの?」

「少々のことでうろたえへんアンタがそんだけ萎れるいうたら、
 お兄ちゃんのことしかあらへんやろ。喧嘩でもしたんか?」

「喧嘩じゃ……ないと思う。
 ゆうべVのキスを見て、今朝から素っ気なくなった」

「なんでそうなるんや?」

わたしはどこまで話すべきか少し考えて、省略した経過を明かしました。

「わたし、キスのことで頭が一杯になって、
 お兄ちゃんに、キスの練習したいって頼んだ」

「なんやてぇ! ……そんなこと言うたらそら兄ちゃんかて唖然とするわ。
 それでアンタのこと、意識してるんと違うか?」

(続く)

●連載179●
2001年12月18日 18時57分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」498-502)

「……どうしたら良いかなぁ……?」

胸の中で不安がざわざわしていて、考えがちっともまとまりません。

「そら……なんもなかった顔して普通にしてたらエエんとちゃう?
 こっちまで意識してたら、兄ちゃんかて話しかけづらいで。
 それより、アンタこんなとこで時間つぶしててエエんか?
 帰って兄ちゃんと一緒におったほうがエエで」

「お兄ちゃん……出かけてるから。帰りは遅くなるって」

「そっかぁ……ほんなら、Vんとこ行って宿題でもしよか。
 そろそろ手ぇつけとかんと厳しいしな」

「夏休みの宿題?」

「そや、アンタはどれぐらい済ました?」

「もう終わってるけど……」

Uは呆れ顔になりましたが、わたしは他にすることもないので、
一緒にVの家に行くことになりました。

どうせVは暇だろう、とUは事前に連絡もしませんでした。
押し掛けてみると、Vは留守で、帰ってくるまで遊んでてちょうだい、
とVのお母さんに歓迎されました。

おやつを食べ、昼ご飯までごちそうになって、Uが囁きました。

「なんやタカりにきたみたいやな、これやったら……」

その通りだと思って、わたしはうなずきました。
だらだらとUの話を聞き流していると、Vが帰ってきました。

Vは向かい側のソファーに腰を下ろしました。
どういうわけか、制服姿で鞄を持って、ニタニタしています。

「なんやV、学校行ってたんか?」

「ちがうよー。おにーちゃんのところで勉強してきたのー」

「なんで制服着てるんや?」

「勉強しに行ったんだから、当たり前だよー」

「……そうか?」

Vの理屈は時々、意味不明になることがありました。

「それにしては帰ってくるの早かったやん」

「おにーちゃんヒドイんだよー。わたしが真面目に宿題してるのに、
 勉強の邪魔だから帰れー、って」

「事実やろ。……それで、したんは勉強だけか?」

わたしはUの目を見ました。UはVを、追及するつもりのようでした。

「……? 持っていったおやつもいっしょに食べたよー」

「2人っきりでか?」

「うん。家の人は留守だった」

「……変なことされへんかったか?」

「変なことって、なにー?」

Vは不思議そうな顔をしました。Uは珍しく、照れた顔になりました。

「そやなぁ……体触られたりとかや」

「そんなこと無いよー。おにーちゃんが無視するから、
 背中から抱きついちゃったー」

「アンタなぁ……それだけか?」

「おにーちゃんが怒って、勉強の邪魔するんだったら帰れー、
 って言うから帰ってきたんだよー」

「アンタ、怒られてなんで嬉しそうにしてるんや?」

「それはおにーちゃんと約束したから秘密だよー」

しょぼくれたVにXさんがキスをして、口止めしたんだろう、
と想像できました。
Uの顔を見ると、同じ想像をしているようでした。

「Xの兄ちゃんも男やねんで? あんまりベタベタしとったら、
 間違いが起こるかもしれへん。Vも気ぃつけんと」

「間違いってなんのことー?」

Vに向かって遠回しに言うのは無駄でした。
わたしは初めて、口を開きました。

「V、Xさんのこと、好き?」

「うん、大好きー」

「それはお兄さんとして? それとも男として?」

「うーーーん……よくわからない」

それはそうかもしれない、と思いました。
わたし自身、お兄ちゃんを兄として好きなのか、男として好きなのか、
決めることができませんでしたから。
わたしは自分のことを棚に上げて、あえて言いました。

「甘えるのは良いと思うけど、真面目に告白して付き合うようになるまで、
 エッチなことは止めておいたほうが良い、って思う」

「エッチなことって?」

「キスとか……セックスとか」

口にしてから、自分の偽善が嫌になりました。
わたしは自分とお兄ちゃんとの、キスを思い浮かべていました。

「えーー? キスもダメなのー?」

Vは自爆しました。

(続く)

●連載180●
2001年12月19日 19時50分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part8」528-532)

「う……キス……ぐらいは良いかな?」

「そやけど、男がキスだけで我慢できるモンやろか?」

Uが渋い顔で言葉を挟みました。

「じゃあ……キス以上は婚約してから……ってことにしたら?」

「婚約ぅ? 中学生と婚約するかぁ?」

「できないでしょ? 何年か付き合って、
 それでも真剣な気持ちだったら、婚約してもおかしくないけど」

「う〜〜〜ん、それもそやなぁ」

Uと顔を見合わせると、なんだか娘を心配している父親と母親のようで、
奇妙な感じでした。

Vを見ると、何を考えているのか、頬に手を当ててうっとりしています。

「婚約……」

わたしは、余計なことを言ってしまったかもしれない、と思いました。
結局Uは夏休みの宿題に手を付けることなく、
夕方までVにXさんのことを根ほり葉ほり尋ねました。

Vのお母さんが、夕食を食べていくように、と勧めてくれましたが、
わたしは「兄が帰ってきますから」と断りました。

Uと2人でVのお宅を辞去し、歩きながら話をしました。

「アンタの兄ちゃん、今日は遅くなるんやなかったんか?」

「もしかしたら、早く帰ってくるかもしれないから」

「そうか……まぁあんまり気にしんとき。
 アンタが暗かったら兄ちゃんにも伝染するで」

「うん……」

「そやけど、Vのことが心配やな……」

「Uはやっぱり反対?」

「反対ちゅうことはないけどな……Vが遊ばれてるんやなかったら
 エエんやけど」

「そうね」

家に帰ると、やっぱりお兄ちゃんはまだ帰ってきていませんでした。
わたしは晩ご飯の準備をして、お兄ちゃんの帰りを待ちました。

本を読んでいても、こんな時は内容が頭に入ってきません。
わたしは1人で、遅い晩ご飯を食べました。

その日、わたしがベッドに入っても、お兄ちゃんは帰ってきませんでした。
横たわるわたしの頭の中では、お兄ちゃんに早く帰って来てほしい思いと、
お兄ちゃんの顔を見るのが恐いような気持ちが、入り交じっていました。

真夜中に尿意で目が覚めて、トイレに行く途中、玄関に寄って見ても、
お兄ちゃんの靴は見当たりません。

便器に腰を下ろして、ざわつく胸を抱き、もう何度目だかわからない
ため息をついていると、玄関で大きな物音がしました。

わたしはあわてて用を足し終え、玄関に急ぎました。
常夜灯の下で、お兄ちゃんが玄関口に倒れているように見えて、
一瞬心臓が飛び跳ねました。

お兄ちゃんは横向きになって目を閉じ、かすかに身じろぎしています。
顔を近づけると、お酒のくさい匂いがしました。

わたしはお兄ちゃんの耳許で囁きました。

「お兄ちゃん」

「ん……」

「こんな所で寝たらダメ」

「んん……わかった」

はっきりした声でしたが、お兄ちゃんは寝言もはっきりと喋るので、
起きているのか寝ているのか区別が付きません。

しばらく待っても、お兄ちゃんは起き上がろうとしません。
わたしはまた、囁くように声をかけました。

「お兄ちゃん、ベッドで寝ないと風邪引くよ」

「ん……わかった、枕取ってくれ」

どうやらお兄ちゃんは寝惚けているらしい、とわかりました。
肩を揺すってみても、気持ちよさそうに目を細めるだけです。

わたしはお兄ちゃんの肩の下に手を差し込んで、体を起こそうとしました。
ぐにゃぐにゃになったお兄ちゃんは重くて、わたしの力では足りません。

わたしはあきらめてお兄ちゃんの部屋に行き、枕と毛布を取ってきました。
お兄ちゃんの頭を持ち上げて枕を差し込み、体に薄い毛布を掛けました。

立ち去りにくくて、その場でしばらく、お兄ちゃんの顔を見下ろしました。
鼻の下と顎のまわりに、うっすらと影のように髭が生えかけていました。

しゃがんで、人差し指の背で、そうっと顎の髭を撫でました。
まばらな短い髭は、ざらざらした感触でした。

少し口を開けて眠る寝顔は子供のようにあどけないのに、
少しだけ伸びた髭は、大人の男を感じさせました。

お兄ちゃんはすっかり大人になったら、わたしを置いて、
どこか遠くに行ってしまうんだろうか、と思いました。
夏だというのに寒気がして、背中がぶるっと震えました。

わたしは自分の部屋に行って、枕とタオルケットを抱え、
玄関に引き返しました。お兄ちゃんと向かい合うように枕を置き、
タオルケットを体に巻いて横になりました。

お兄ちゃんと身を寄せ合って寝ても、いつもの安息は訪れませんでした。
わたしはお兄ちゃんの匂いを嗅ぎながら目を閉じて、
このまま朝がやってこなければ良いのに、と思いました。

(続く)


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