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お兄ちゃんとの大切な想い出 連載141〜150

「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」に掲載した連載141と、「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」に掲載した連載142〜150を抽出したものです。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)

131〜140
141142143144145
146147148149150
151〜160

●連載141●
2001年11月9日 19時54分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」850-854)

「用意してない……喧嘩になるとは思わなかったし」

「ほんなら、どないするつもりやったんや?」

Uは最後の手段の見当がつかない様子で、首をかしげました。

「部屋の隅の消火器を引き寄せる。
 それを窓に叩き込む。
 ガラスの割れる音と防犯ベルで、旅館中が大騒ぎになる。
 喧嘩どころじゃなくなるでしょ?」

3人とも窓際に座っていたので、廊下へ脱出するのは難しかったのです。
火災報知器のボタンを押すほうが穏便でしたが、
あいにく近くには、使えそうな物は消火器しかありませんでした。

返事がないので見回すと、UもVも口をあんぐりしていました。
Uが首を振りながら言いました。

「……アンタ……怖いコト考えるなぁ。
 そんなことしたら、ただじゃすまへんで?」

「だいじょうぶ。
 大勢に囲まれて、恐怖に錯乱して窓から逃げようとした、
 と言えば、情状酌量される、と思う。
 ひとつ問題があるとすると、
 そんなことすれば、林間学校の伝説になることかな……?」

「…………ハァ。
 椅子は投げるし消火器は投げるし、
 アンタ、ホンマに怖ろしいやっちゃで……」

「消火器は投げてない」

「投げるつもりやったんやろ!」

「Uが事を荒立てなければ、喧嘩にはならなかったよ?」

「……っ! アンタのためやろ!」

「わたしのために怒ってくれたのは嬉しい。
 でも、勝つためには場所を選ばなくちゃ。
 わたしは仕方ないけど、関係ないVまで巻き込んで、
 Uは守れるの?」

「うーーん……」

「こんなことで、わたしたちが喧嘩しても、意味無いよ。
 言い合いはお終いにしましょ。
 でも……この事が尾を引かなければ良いけど……」

このままaさんたちのグループが、黙っているとは思えませんでした。
ところが、部屋に戻ってみると、aさんたちはツンとしているだけで、
手出しをしてきませんでした。

後でわかったことですが、主流派だったaさんたちのグループには、
思ったよりも人望がなかったようです。

非主流派は、aさんが凹まされた事に溜飲を下げたそうです。
Uのはったりに呑まれたaさんの権威は、失墜しました。

この事件の後、口八丁手八丁のUを中心とするわたしたち3人に、
表だって干渉してくる派閥は無くなりました。
クラス内独立国として、自由を満喫できるようになったのです。

林間学校が終わってから、Uが得意そうに言いました。

「どや、喧嘩して正解やったやろ?」

「こうなるって、予想してた? ……してないでしょ」

「……う……終わりよければすべて良し、や」

「今度だけはね」

わたしは微笑んで、UとVの手を取りました。
ふだんから肉体的接触を嫌うUがびくりとしましたが、
手は引っ込められませんでした。

「よかった」

「よかったー」

Vもホッとしているようでした。
小学校の頃に、いじめられていた記憶が蘇ったのかもしれません。

「でも……ひとつだけ、気になることがある」

「なんや?」

「b君がわたしに告白するつもりだ、ってaさんが言ってたでしょ?
 あれ、本当かなあ?」

「うーん? わたしも男子の噂はようワカランわ。
 正直言うて、アンタとb君じゃ全然性格あわんと思うし。
 口利いたことも無いんやろ?」

「うん。たぶん……話してても覚えてない」

Uが苦笑しました。

「アンタなぁ……男子の名前ぐらい覚えたりぃや。
 まぁ、見た目は割とイケてるんとちゃう? b君」

「そう? ……お兄ちゃんとは似てないけど」

「○○ちゃんのお兄さん、カッコイイもんねー?」

「兄ちゃんと似てるかどうかは関係ないやろ?
 兄ちゃん以外の男はみんなカボチャかい!」

実際、お兄ちゃん以外の男は、畑の野菜のようなものでした。

「うん……」

数日後わたしは、b君に声を掛けられて、倉庫裏に呼び出されました。

(続く)

●連載142●
2001年11月12日 20時46分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」91-95)

b君がわたしに声を掛けてきたのは、ある休み時間のことでした。
わたしは自分の席で、文庫本を読んでいました。
本を読んでいるあいだのわたしは、周りの声に反応しなくなるので、
UやVも邪魔はしませんでした。

本を照らす日射しが翳ったので、わたしは顔を上げました。
すぐ目の前に、b君の顔がありました。
こんなに近くで見るのは、これが初めてでした。

「なに?」

わたしが問いかけると、b君はにこっと白い歯をこぼしながら、
囁きかけてきました。

「××さん、昼休みに、ひとりで倉庫裏に来てね。ヨロシク」

b君はわたしの返事を待たず、すいっと立ち去りました。
わたしはb君の背中を見送りながら、来るべきものが来た……
と半ば憂鬱な気持ちになりました。

昼休みが始まると、UとVがやってきました。

「今日はお昼どこで食べよか?」

「お天気だからー、外にしようよー」

「……わたし、用事あるから、先に行ってて」

「? 用事って、なんやの? 昼休み早々」

「ちょっと、呼び出されてるから」

「職員室にか? アンタにしては珍しいなぁ」

「……倉庫裏に」

「っ! って、アンタ、誰にや?」

「b君」

「ホンマか!」

Vが叫び声をあげようとするのを、わたしは口をふさいで抑えました。

「……んぐんぐ……コクハクだよねー? ○○ちゃん」

「そうだと思う」

「aの言うたこともコレだけはホンマやったんやなぁ。
 ……で、アンタ、どないするん?」

Uが真面目な顔で聞いてきました。

「どうって……断る」

「そっかー。せやけど、よう考えたほうがエエかもしれんで?」

「……どういうこと?」

「うーん……bのコトはわたしもようは知らんけどな、
 割とよくしゃべる子ぉやし、よう考えたら、
 アンタにはああゆう子が合うてるかもしれへん、て思うんや。
 アンタの眼力にビビらへんだけでも、稀少価値やで」

「…………」

わたしはさっき見たb君の顔を思い出しました。
お兄ちゃんの優しそうな面立ちとはぜんぜん違う、
どことなく激しさを感じさせるような、精悍な表情でした。

「まぁ、アンタが決めるこっちゃけどな。
 断るんやったら、はっきり伝えたほうがエエで」

「なんて言ったら良いかな?」

「イヤ、とか、キショイ、とかは言わんほうがエエな」

「そんなこと、言わない」

「そやなぁ、『ごめんなさい』でエエんちゃうか?」

「それだけ?」

「ごちゃごちゃ言うてもしゃあないやん。
 誰とも付き合う気ないんやったら、そう言うたらエエ。
 そやけどなぁ、兄ちゃんと比べてもしゃあないで?」

心臓がどきん、と大きく打ちました。

「じゃ、行くから」

「ついていったろか?」

「ひとりで来てくれ、って言われた」

「まぁ……そらそうやけど、倉庫裏は人通りないからなぁ……
 コレ貸したるわ」

Uがわたしに、防犯ブザーを握らせました。

「少し離れたとこでVと2人で待っとくわ。
 音がしたら飛んでったるから、ヤバい、思うたら鳴らすんやで?」

「やばいことって?」

「まぁ、考えすぎやとは思うけどな。
 うちの校区にも痴漢や露出狂が出るぐらいやからな、
 用心に越したことはないっちゅうこっちゃ」

「ありがと」

UやVと話しているうちに、少し時間が経っていました。
b君はもう倉庫裏で待っているはずです。
わたしは足をはやめて、校舎裏に急ぎました。

倉庫の角を曲がると、b君が木にもたれてのんびりしていました。

(続く)

●連載143●
2001年11月13日 20時06分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」123-127)

b君がパッと顔を上げ、微笑みました。
どういうわけか、告白されるはずのわたしのほうが緊張していました。
とりあえず、わたしから声をかけました。

「ごめんなさい、遅くなって」

「いいっていいって。待ってるのも楽しいよ」

b君の言っている意味が理解できなくて、わたしは曖昧にうなずきました。

「…………」

困ったことに、こういう場面でどう受け答えしたらいいのか、
そんな知識はわたしにはありませんでした。
わたしは話を促すように、ただじいっとb君の目を見つめました。

b君はまっすぐに、わたしの目を見返してきました。
落ち着き払っているらしく、b君の瞳は揺らぎませんでした。
なんとも不思議な時間が流れました。
にらめっこしているような、お見合いしているような。

ハッとして我に返りました。
ずっとこのまま見つめ合っていたのでは、ラチがあきません。

「あ……」

「?」

「あの……お話は?」

「あ! そうだった。ごめんごめん。
 ××さんがじっくりこっちを見るのは初めてだから、
 つい見入っちゃって。あはははは」

笑い方ひとつ取ってもお兄ちゃんとはぜんぜん違うんだ、と思いました。
お兄ちゃんより良いとか悪いとかでなく、未知の感情表現でした。

「話っていうのはね、まぁ、あれだ、わかりやすく言うと、
 オレはキミが好きだってこと」

予想はしていたはずなのに、いざ真っ正面から言われてみると、
頭の中が一瞬白くなりました。

「……どうして?」

わたしは混乱していたようです。思わず問い返していました。
話をした覚えもない相手に好かれるというのが、信じられませんでした。

「どうしてって……ははは、なんとなくかな。
 はっきりした理由が要るの?」

逆に聞かれて、わたしは言葉に詰まりました。

「例えばキミの髪が好きになったとして、
 キミが髪型や色を変えたら好きじゃなくなるのか、そんなことない。
 好きになったのはキミのパーツじゃなくて、『キミ』なんだから」

わたしはなぜか、自分の足場が崩れていくような、不安を覚えました。

「話したことないのに、わかるんですか?」

「話は、まぁ、まだちょっとしかしたことないか……。
 でも、××さんもUさんとは喋ってるじゃない。
 キミが思ってるより、オレはキミのことよく知ってる」

じっとわたしの目に見据えられたb君の視線が、心をかき乱しました。
わたしは自分の胸を抱いて、お守り代わりの生徒手帳に手を触れました。
努力のすえ、わたしはやっと言葉を絞り出しました。

「あの……ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「わたし……誰とも付き合う気ないから」

「まぁまぁ、付き合ってみなくちゃわからないじゃない。
 返事はあせらないからさ。気長に考えてみてよ。
 今日のところはこれぐらいにしておこう。
 じゃあ、またね」

b君は笑顔を崩さず、何気ない足取りで立ち去って行きました。
わたしはしばらく呆然として、その場に立ったままでした。

わたしがぼうっとしていると、UとVが駆け寄ってきました。

「○○、どないしたんや! なんかされたんか?」

「……なんにも」

「そんなら、なに気ぃ抜けた顔してるんや」

「うん……ちょっと、わけがわからなくて」

Vがわたしの目の前で、手のひらをブンブン振りました。

「まさか、OKしたんか? bのヤツ機嫌好さそうに歩いていきよったで?」

「してない。断った、つもり」

「ハァ? ちゃんと『ごめんなさい』て言うたんか?」

「言った……けど、伝わってるかな?」

「そら、誤解するアホはおらへんやろ。どないなってるんや?」

「わたしも、よくわからない」

わたしたち3人はそろって首を傾げました。

その日の放課後、帰る支度をしていると、b君がやってきました。

「××さん、いっしょに帰らない?」

なにか言いたげなUを手で制して、答えました。

「ごめんなさい。帰りはいつも、3人で帰ってるから」

(続く)

●連載144●
2001年11月14日 19時53分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」171-175)

帰りの道々、UとVに倉庫裏での出来事を話して聞かせました。
一通り事情がわかると、2人とも不審そうな顔になりました。

「bんコトがようわからへんようになってきたわ……。
 ふだんクラスでしゃべってる時は、そんな強引な感じやないけどな?」

「…………」

「で、これからどないするつもりやのん?」

「……わからない」

「うーん、しばらく様子見るか?」

正直なところ、わたしにはどうしたら良いのかわかりませんでした。

帰宅してベッドで天井をぼんやりとながめながら、
お兄ちゃんに手紙を書いて相談しようか、とも思いましたが、
どうにも考えがまとまりません。

今思うと、お兄ちゃんに相談して「試しに付き合ったらどうだ」
と言われるのを、心のどこかで怖れていたような気がします。

鬱々とした一夜が明け、いつもの時刻にわたしは玄関に出ました。
放課後はたいていUやVといっしょに下校していましたが、
朝は3人それぞれ別々に登校するのが常でした。

学校への道を歩きながら、人通りの少ないあいだに限って、
読みかけの文庫本を開くのが、わたしの毎朝の日課でした。

門を出て鞄から文庫本を取り出そうとした時、人影に気づきました。
b君が、通りの向こうの電柱にもたれていました。

わたしが驚いて立ち止まると、b君もわたしに気づいた様子で、
こちらに向かって歩いてきました。

「おはよう。○○さん」

「おはようございます……b君、その呼び方……?」

「あ、○○ちゃんのほうが良かった?
 いきなり呼び捨てってのは恥ずかしいしね。
 オレのことは呼び捨てにしてくれていいけどさ」

物理法則が変わってしまったような、得体の知れない不条理を感じて、
足元がふわふわと頼りなくなりました。

わたしが機能を停止していると、b君が先に立って歩き始めました。

「ぼんやりしてると遅刻するよ。行こう」

ずっとその場に立ちつくしているわけにもいきません。
わたしは自然に、b君と肩を並べて登校するはめになりました。

「今日は歩きながら本読まないんだ?」

「え……? 知ってたんですか?」

「まぁ、有名だからね」

b君はくっくっと笑いながら続けました。

「今、どんな本読んでるの?」

「上田敏の訳詩集と、エミリ・ブロンテの『嵐が丘』、
 それに、クラウゼヴィッツの『戦争論』」

「うわ……すごい組み合わせだ。並行して読んでて混乱しない?」

「分野の違う本を読んだほうが、気分転換になります」

「『海潮音』なら読んだことあるよ」

古典を読むクラスメイトが他にいると知って、意外の念に打たれました。

「えっと、こんな詩があったっけ……」

b君が歩きながら、朗々と詩を暗唱し始めました。

「やまのあなたの そらとほく
 さいわひすむと ひとのいふ
 ああわれひとと とめゆきて
 なみださしぐみ かへりきぬ
 やまのあなたに なほとほく
 さいわひすむと ひとのいふ」

上田敏が訳した、カール・ブッセの有名な詩でした。
わたしは反射的に、同じ訳詩集にあった、別の詩人の詩で返していました。

「うみのあなたの はるけきくにへ
 いつもゆめぢの なみまくら
 なみのまくらの なくなくぞ
 こがれあこがれ わたるかな
 うみのあなたの はるけきくにへ」

b君が、驚いた顔をして振り向きました。

「へぇ。予想以上だ。じゃあ、これは?
 ときははる ひはあした
 あしたはしちじ
 かたをかに つゆみちて
 あげひばり なのりいで……」

ブラウニングの有名な詩の途切れた後を引き取って、わたしが続けました。

「かたつむり えだにはひ
 かみそらに しろしめす
 すべてよは こともなし」

(続く)

●連載145●
2001年11月15日 19時55分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」212,214-217)

「b君も、本読むんですね」

「あはは、○○さんほどじゃないけどね。
 敬語はやめてよ。タメ(同い年)なんだからさ」

それから毎朝、玄関を出ると外でb君が待っていました。
ただ肩を並べて登校するだけなので、拒絶するわけにもいかず、
わたしは居心地の悪い時間を過ごすことになりました。

学校までの道々、たいていb君が嬉しそうにひとりで喋っていて、
わたしは問いかけに短く受け答えするだけでした。
b君はいったい何が楽しいのだろう、とわたしは不思議でなりませんでした。

しばらく経ったある日の昼休み、お弁当を広げながら、
Uがまじめな顔をして切り出してきました。

「○○、アンタ、bと付き合うてるんか?」

Vも興味津々な顔つきで、わたしを見ていました。

「……違う、と思うけど」

「……ハァ? もうすっかり噂になってるで。
 アンタとbがカップルになったっちゅうのは。
 朝いっつもいっしょに来てるやろ。
 待ち合わせしてるんやないんか?」

「朝、家を出ると、b君が待ってる」

「なんやそれ? bのヤツなに考えてるんや?
 既成事実にしようっちゅうハラやろか?」

わたしは首をかしげました。

「b君が、言いふらしてるわけじゃないでしょ?」

「そらそうやろうけど……どっか遊びに行こう、て誘われてへんか?」

わたしがかぶりを振ると、Uは首をひねりました。

「もうじき夏休みやろ? 遊びに行く話もせえへんで、
 アンタら、2人で朝なにしゃべってるん? ぜんぜん想像つかへん」

「……今読んでる本の話とか」

「まぁ、アンタが暇さえあれば本ばっかり読んでるのは知ってるけどな、
 bもそんな話できるんかいな? イメージとちゃうで」

言われてみると確かに、朝いっしょに登校する時のb君と、
教室で他のクラスメイトたちと話しているb君は、別の人に見えました。

教室でのb君は、朝のような揺るぎない目つきをしていません。
どちらのb君が本物なのか、わたしには判断がつきませんでした。

次の日の朝、わたしは思い切ってb君に尋ねてみることにしました。

「b君」

b君は話をやめて、振り向きました。

「なに?」

「b君は、わたしと話していて楽しい?」

「面白いね。キミはオレと同じ魂の色してるから、惹き付けられる」

「魂の……色?」

「オレは魂の色が見えるんだ。人によって色が違う。
 キミのは薄むらさきの水晶みたいな冷たく透き通った光だ。
 初めて見たとき、ああ、やっと会えたと思って感動した。
 キミ自身より、オレのほうがキミのことよく理解してると思うよ」

嬉しそうに微笑みながら言うb君の顔を見て、本気で言っているのだ、
とわかり、わたしは絶句しました。

背筋に氷を押し当てられたような、悪寒が這い上がってきました。
おとぎ話の幽霊や化け物を怖いと思ったことはありませんでしたが、
これは体の力が抜けてくるような、現実の恐怖でした。

家に帰って玄関の鍵を閉めてから、わたしはUに電話を掛けました。
Uは留守で、Yさんが電話に出ました。

「あ、○○ちゃん? 久しぶり。Uはまだ帰ってないけど、
 電話してくるなんて珍しいね」

「すみません。Uが帰ってきたら、電話をしてくれるように、
 伝言していただけませんか」

「……? わかったけど、どうかしたの?」

Yさんに相談できるような話だとは思えませんでした。

「ちょっと……」

「そう? じゃ、またね」

電話を切ってじっと待っていると、電話機が鳴りました。

「○○か? どないしたん? アンタから電話してくるなんて珍しいな」

「明日から、朝、いっしょに学校に行ってくれない?」

「……bとなんかあったんか?」

「なにもないけど、怖くなってきた」

「よっしゃ。まかしとき。Vも誘うんやな?」

「うん。電話するつもり」

「Vにはわたしから電話しとくわ」

翌朝、少し早い時間に、ピンポーンとチャイムが鳴りました。
玄関を開けると、UとV、それにYさんが立っていました。

(続く)

●連載146●
2001年11月16日 19時40分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」266-270)

「○○ちゃーん、お迎えにきたよー」

「兄ぃも連れてきたで」

「おはよう、V、U。おはようございます、お兄さん」

「おはよう、○○ちゃん」

外に出ると、b君も待っていました。

「おはよう、××さん」

「おはよう、b君」

b君は2人きりのときとは違って、猫をかぶっているようでした。
教室でクラスメイトと談笑している時のような、愛想の好さでした。

わたしはYさんのほうを向いて、尋ねました。

「お兄さんは、学校だいじょうぶですか?」

わたしたちを中学校まで送ってから自分の学校に行ったのでは、
Yさんが遅刻するのではないか、と思いました。

「うん、うちの学校はもう夏休みなんだ。
 最近中学の校区で痴漢が出るって噂をUから聞いてさ。
 ボディーガードを頼まれたんだ。
 どうせなら、Vちゃんや○○ちゃんもいっしょにって」

早朝や夕方、通学路に痴漢が出没する、という噂は本当でした。

「まっ、Uなら痴漢が出ても自分でぶっ飛ばすから心配ないけどね。
 あはははは……痛ッ」

Yさんは余計な事を言って、Uに蹴りを入れられました。
b君がYさんに話しかけました。

「朝なら、××さんはボクがいっしょだから心配いりませんよ」

「そう? でも人数多いほうが楽しいでしょ」

わたしも「そうですね」と、Yさんに賛成しました。

「そうだ、○○ちゃん、Vちゃん。夏休みになったら、プールに行かない?
 Uに誘われてるんだけどさ、Uと2人で行ってもなぁ……」

Uのローキックが脛に炸裂して、Yさんが本当に痛そうな顔をしました。
わたしは、Yさんの墓穴の掘り方を見ていて、
本当はUに蹴られるのを楽しんでいるんじゃないだろうか、と思いました。

「わたし、泳げないんです」

「泳ぎ方なら教えるからさ」

「泳ぎ方知らないだけじゃなくて、お医者さんに運動を禁止されてるんです」

「あ、そっかぁ……元気そうなんですっかり忘れてたよ、ゴメンゴメン」

Uが意地悪そうに笑いました。

「いしししし、兄ぃまた振られたなぁ。
 しゃあないから、わたしが付き合うたるわ。どうせ誘う彼女もおらへんし」

「やかまし!」

「○○ちゃん、そういえば体育はいつも見学だよねー。
 海水浴もプールも行けないんだー。ざんねんー。
 おっきな怪獣のかたちした浮き袋、見せたかったのにー。
 2人で乗れるぐらい大きいんだよー?」

UとYさんとVの3人が居ると、b君が話に加わる隙はありませんでした。
横目でb君を見ても、特に不満そうな素振りはしていません。
わたしは、警戒したのは考え過ぎだったのかな、と思いました。

昼休みに、お弁当を食べながらUやVと話をしました。

「怖かったって、どういうことやのん?
 今日はb、大人しゅうしとったみたいやけど」

「なんて言えばいいのかな……2人きりになると、
 b君、日本語が通じなくなるの」

「えー? b君外国の人だったのー?」

「んなわけあるかい!」

「そうじゃなくて……うーん、わたしのイメージを頭の中に作ってて……
 わたしとじゃなくて、そのイメージと話をしているみたいな」

魂の色の話をすると、Uの目がまんまるになりました。

「それ……アッチの世界に逝ってるんとちゃう? ヤバいで」

Vは首をかしげました。

「変かなー? 魂の色が見えるなんて、ステキじゃないー?」

「アンタも見えるんかい!」

「見えないけどー、見えたらいいなー、って」

Uがやれやれと肩をすくめて言いました。

「ま……Vみたいに現実と空想の違いをわきまえとったらまだマシやけどな、
 区別してへんかったらマジやばいで」

わたしは回想してみました。

「あの時、b君はすごく真剣な顔だった……だからわたし震えたのかな」

「どないする?」

自分の気のせいだという思いと、蘇ってきた不安とがせめぎ合いました。

「もうすぐ夏休みだし、それまで集団登校してくれない?
 なにもないとは思うけど……」

「よっしゃ。兄ぃも喜んどったしな、かめへんで」

そうして、夏休みがやってきました。

(続く)

●連載147●
2001年11月17日 20時12分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」295-299)

夏休みに入るまで、b君と2人きりになることはありませんでした。
授業中も登下校中も、UやVがその場に居てくれたからです。
誰かがそばにいると、b君の態度は当たり障りのないものでした。

わたしの不安はじょじょに薄れてきました。
夏休みが始まれば、もうb君と学校で会うことはありません。

2学期が始まったらどうしようか、考えがまとまらなくて、
お兄ちゃんに手紙を書きました。

夏休みはいつ帰省するのか、相談したいことがあるので教えてほしい、
クラスの男子に好かれていつの間にか公認カップルになってしまった、
付き合い始めた覚えがないのに穏便に別れるにはどうしたらいいか、と。

わたしは図書館に行って、夏休みの宿題をすることにしました。
最近はUやVとのお喋りが増えて、図書館に通う回数は減っていました。

日射しが強くなっていたので、白いワンピースと麦わら帽子を身に着け、
布の手提げを持って出かけました。

図書館の建物の隣は小さな公園になっていて、
錆びかけたジャングルジムと小さなベンチ、それに緑の木立がありました。

図書館の前まで歩いてくると、少し息が切れて、汗をかいていました。
そのままで冷房の効きすぎた建物に入ると寒くなってしまうので、
汗が引くまで公園の木陰で休んでいこう、と思いました。

公園に足を踏み入れると、ベンチに座っていた人影が立ち上がりました。
その顔を見て、わたしは一瞬、夢を見ているのかと思いました。
立ち上がったのは、b君でした。

b君が歩いてきて、挨拶しました。

「おはよう。○○ちゃん」

b君は、黒いシャツ、学生ズボンとは違う真っ黒いズボン、黒い靴と、
上から下まで黒ずくめでした。

わたしは機械的に返事をしていました。

「おはよう、ございます」

「図書館に行くんだろ? いっしょに行こう」

「……どうして、わたしが来ると、わかったの?」

「なんとなくね、ここに居れば会えると思ってさ。
 予想通りだった」

b君が、嬉しそうににっこりしました。

わたしは夏の日射しに晒されているのに、暑さを感じませんでした。
それどころか、腋の下に冷たい汗をかきはじめました。

わたしはb君に連れられて、図書館の中に入りました。
カウンターで借りていた本を返却し、テーブルの席に着きました。
勉強道具を広げると、b君は向かい側からただわたしを見ています。

わたしはb君に囁きかけました。

「本、読まないの?」

「そうだね。何か探してくるよ」

b君が席を立って、書架の間に消えて行きました。

わたしは廊下に出て、公衆電話を探しました。
ダイヤルボタンを押して、呼び出し音が聞こえてくるまで、
長い時間がかかったような気がしました。

「もしもし?」

「U? わたし○○」

「どないしたん? そないあわてて」

「今、図書館に居るの。来てくれない?」

「ハァ? これから出かけるトコやねんけど……」

「お願い」

b君に立ち聞きされるかもしれないと思うと、迂闊なことは口にできません。

「……よっしゃ。ちょっと時間かかるけど、待っとり。話は後で聞くわ」

電話を切って、お手洗いに行き、ハンカチで汗を拭いて、席に戻りました。
b君はすでに、向かい側の席に戻っていました。

「どこに行ってたの? 姿が見えないから探しちゃったよ」

「ちょっと……お手洗いに」

「あ、ゴメンゴメン。ここ、冷房効きすぎだもんね」

周りの席から、しっ、という音がしました。

「私語は禁止だから、黙りましょ」

それからは、無言で夏休みの宿題に目を通しました。
でも、ちっとも文章が頭に入りません。
そのうちに、本当にわたしは気分が悪くなってきました。

b君が囁きかけてきました。

「○○ちゃん? 顔色が真っ青だよ? 気持ち悪いの?」

わたしがうなずくと、b君は立ち上がりました。

「ここに居るとまずい。外に出よう」

Uが来るのに、このまま帰ってしまうわけにはいきません。
でもb君は、広げられていたわたしの荷物を手提げに仕舞い、
両手で肩を掴んでわたしを立ち上がらせました。

(続く)

●連載148●
2001年11月18日 20時7分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」323-327)

b君はわたしの肩を抱いて、図書館の外に連れ出しました。
わたしは気分が悪くて、抗うこともできませんでした。
外に出ると、強い日射しが照りつけてきて、眩暈がしました。

「歩ける?」

耳にb君の息がかかりました。
背中を虫が這うような寒気がして、わたしは返事ができませんでした。

「ベンチで休んでいこう」

木立で日陰になっている、公園のベンチに座らされました。
体に力が入らなくて、上体をゆらゆらさせていると、b君が隣に座って、
肩に手を回してきました。

貧血のせいか、目の前が暗くなってきたので、目をつぶりました。
すると、顎の下に指を入れられて、顔を上向きにされました。

わたしはハッと目を見開き、手のひらで目の前に迫った顔を押しのけて、
ベンチから立ち上がりました。

急に立ち上がったので、頭の血が下がって、頭がくらくらしました。
それでもb君から遠ざかるように、よろよろと後じさりました。

「どうしたの?」

b君も立ち上がって、きょとんとした顔つきで尋ねてきました。
わたしが「帰る」と口に出す前に、割り込む声がありました。

「○○、しんどそうやな、だいじょぶか?」

Uの声でした。Uは後ろから、わたしの背中を支えてくれました。

「Uさん? どうしてここに?」

b君は余裕を失った様子で、Uに問いかけました。

「アンタこそなんでここにいるん? ○○と待ち合わせしたんか?」

「いや……たまたまここで会ったんだ」

「ふーん。わたしもたまたま通りかかったんや。
 そんなことより、○○が倒れそうやのになにぼさーっとしとるん?」

「いや、冷房で気分悪くなったみたいだから、ベンチで休ませようと思って」

「○○は休んでへんみたいやけど?
 まぁエエわ。○○を涼しいとこに連れてくんが先やな。
 兄ぃ、タクシー呼んできて」

「あ、わかった、行ってくる」

YさんもUといっしょに来てくれたのでした。
タクシーが来るまでのあいだ、わたしはUにしがみついていました。

タクシーがやってきて、わたしとUとYさんの3人が乗り込みました。
b君も乗ろうとしましたが、Uが制止しました。

「アンタが来てどないするん?
 ○○の服着替えさせたり、男のアンタにはでけへんやろ?
 アンタは神様にでも祈っとり」

タクシーが発車すると、わたしはシートに崩れ落ちました。

「もう安心やで」

「U、お兄さん、ありがとう……」

「話は元気になってからや」

自宅に着くと、Yさんを1階に置き去りにして、2階に上がりました。

「兄ぃ、勝手に物色するんやないで!」

「するかい!」

Uはてきぱときわたしの着替えを手伝い、ベッドに寝かしつけてくれました。

「びっくりしたか?
 兄ぃがだらしないからな。こう見えても家庭的やねんで。
 血の気が戻ってきたみたいやな」

「ありがとう。助かった」

「何があったんか、聞かせてくれるか。やばい雰囲気やったで?
 Vがおったら、bんコト魔王みたいやて言うてるはずや」

「魔王……」

正直、的確なイメージだと思いました。

「お兄さん、放っておいていいの?」

「女の子の部屋は男子禁制や。兄ぃが居ても役には立たへんしな。
 アンタの寝間着姿みて欲情されたらかなわん!」

「U、それひどいよ」

今日初めて、わたしは笑顔になりました。
わたしがいきさつを詳しく語ると、Uの顔色が変わりました。

「なんやそれ! bのヤツおかしいで。文句言うてきたる」

鼻息を荒くして、b君の家に今すぐ殴り込みに行きかねない勢いです。

「ちょ、ちょっと待って」

わたしはUの服の裾を思わず掴みました。
Uが興奮するのと反比例して、頭が冷えてきたのです。

「なんでアンタが止めるんや?」

「よく考えたら……わたしの考えすぎかもしれない。
 b君にはまだ、なんにもされてないし……誤解だったら、大変だよ」

「……アンタもお人好しやなぁ、とにかく明日は図書館行かんとき。
 わたしとVは明日から教会のキャンプやけど、
 なんかあったらすぐにうちの兄ぃに電話するんやで」

「うん」

翌日の午前中、日が高くなるまで寝ていると、電話のベルが鳴りました。

(続く)

●連載149●
2001年11月19日 19時52分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」345-349)

寝間着のまま受話器を上げたときには、もう十回以上呼び出し音がしていました。

「もしもし……?」

「○○ちゃん? おはよう」

胸がどっきーん、と鳴って目が覚めました。b君の声でした。

「……電話番号、知ってたの?」

「クラスの連絡網に書いてあるよ」

「……それで……なに?」

「今日は図書館来ないの? まだ体の具合悪い?」

b君は図書館の公衆電話から、電話をかけているようでした。
わたしは動悸を静めようと、深呼吸をしました。

「今日は、行かないつもり」

「そう? じゃ、お見舞いに行くよ。預かってる物もあるし」

「え?」

「○○ちゃんの手提げ袋、昨日置いていったでしょ?」

図書館に持っていった手提げ袋のことは、すっかり忘れていました。

「あ……じゃあ、これから取りに行く」

わたしひとりしかいない家に押し掛けられたら困る、と思いました。

「無理しなくて良いよ?」

「昨日は新しい本、借りられなかったし」

「そう? じゃ、待ってる」

電話が切れて、わたしはへたり込みました。
どうしよう、どうしよう……。
そうだ、と思い出して、Uの家のダイヤルをプッシュしました。

「もしもし、××です」

「あ、○○ちゃん? Uならキャンプに行ってるけど……」

「Yさんはいらっしゃいますか?」

「Y? さっき出かけたけど、○○ちゃんと約束してたの?」

「あ、いえ、違います。お留守なら結構です」

受話器を置いて、しばらくぼうっとしていました。
でも、このまま惚けているわけにもいきません。
部屋に戻って、外出着に着替えると、覚悟が固まってきました。

そばに誰かが居ても、今まで怖いと思ったことはないのに、
どうしてb君に限ってこんなに心が震えるのか、まだわかりません。

それでも、お兄ちゃんの居ない今、ひとりでもしっかりしなくちゃ、
と自分に言い聞かせて、図書館に向け出発しました。

公園に着くと、b君は昨日と同じようにベンチから立ち上がりました。

「b君、こんにちは。待った?」

b君がまっすぐ投げてくる強い視線を、正面から受けとめました。

「いや、ちょっとだけさ。今日は顔色良いみたいだね。
 昨日初めて私服姿を見たけど、今日のも良いね。
 襟がセーラー服みたいになってて、可愛いよ」

「そう? ありがとう」

わたしは手提げ袋を受け取り、先に立って図書館に入りました。

「今日はどうするの? 勉強する?」

「本を借りたら、すぐ帰る」

新しいハードカバーの本を3冊借りて、手提げ袋に入れました。

「重いから持つよ」

という台詞より早く、手提げ袋をb君に取りあげられていました。
どうやらb君は、家まで付いてくるつもりのようです。

帰りの下り坂で、車がわたしの脇をすれすれに走り抜けました。
無意識にb君との距離を空けようとして、車道に寄りすぎていたのです。

b君がわたしの左手を取ろうとしました。
手を握られたくなくて手のひらを返すと、手首を掴まれました。

「なにするの?」

b君の目をじっと見ると、真剣な瞳が見返してきました。
b君は落ち着いた優しげな声で、わたしに囁きました。

「だって、危ないだろ?」

手首をがっちりと掴まれて、振り払うことも逃げることもできません。
わたしは必死に恐怖を押さえつけて言いました。

「行きましょう」

家の前に着くまで、わたしはずっと手首を意識していました。

「もうだいじょうぶ。手を放して」

わたしは自由になった手首を、右手でさすりました。

「明日も図書館に来る?」

「わからない。だから、待たないほうが良い。さよなら」

b君を外に残して、玄関の扉を閉め、鍵を下ろしました。
手首を見ると、握られた所が赤くアザのようになっていました。

わたしはその場にしゃがみ込んで、声を漏らしました。

「お兄ちゃん……早く帰ってきて」

涙で視界が滲みました。

(続く)

●連載150●
2001年11月20日 20時26分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の思い出〜Part7」377-381)

その日はずっと胸苦しくて、食事が喉を通りませんでした。
いつもより早めにベッドに入りましたが、浅い眠りを繰り返すばかりなので、
あきらめて明け方に起き出しました。

わたしは早朝の涼しい空気を吸うために、着替えて玄関を出ました。
外の郵便受けに、新聞を取りに行ったのです。

門の所まで来て、わたしは愕然と立ちすくみました。
笑顔のb君が、門の向こう側に立っています。

「おはよう、○○ちゃん」

「……おはよう、b君」

どうしてb君が、こんな時間にこんな場所に居るのだろうか、
と不審に思う気持ちが顔に出たのでしょう。
b君はわたしが尋ねる前に、自分から話しだしました。

「ゆうべはなんだか眠れなくてさ。散歩ついでに歩いてきたんだ。
 ○○ちゃんは眠れた?」

「え、あ、うん……」

「そう、じゃあ、これから散歩に行かない?」

「わたし、もう一度寝るから」

「あ……そう。じゃあ、後でこれ読んでよ」

b君は、表に宛名だけ書かれた、分厚い白封筒を差し出しました。
わたしが手に取ってみると、封筒の厚さは1センチほどもありました。

「これ……なに?」

「あんまり話する時間がないからさ。夜中に手紙を書いたんだ。
 後で読んで。じゃあまた」

b君は手を振って歩いて行きました。
玄関に入って封筒を開けると、四つ折りにした便箋が10枚入っていました。

便箋の1枚1枚に、行を空けずにびっしりと字が並んでいます。
詩の引用を交えながら、わたしを観察してきた事が綴られていました。

そこに書かれているわたしは、信じられないぐらい清純な姿でした。
ただ……わたしの名前が、読みは同じでも1文字違う字でした。

わたしは空腹でしたが、食欲がなくて、また寝間着に着替えました。
ベッドに入ってシーツをかぶっていると、下で電話が鳴りました。
びくりとして身を固くしていると、呼び出し音は十数回で途切れました。

わたしはこのまま、UとVがキャンプから帰ってくるまで、
家から一歩も出ないようにしよう、と思いました。

昼過ぎになって、また電話が鳴りましたが、わたしは出ませんでした。
眠ることもできず、ベッドの上で丸くなっていました。

ふと、玄関でごとごと物音がしているのに気づきました。
こんな時間に両親が帰ってきたことは、今まで例がありません。

わたしが全身を耳にしていると、物音は家の中に入ってきました。
確かに玄関には鍵を掛けていたはずです。わたしは息が止まりました。

リズミカルな足音が、階段を上がってきました。
わたしはハッと気がついて、ベッドから身を起こしました。
部屋の入り口に駆け寄って、ノブを回しました。

人影が、勢いよく開け放たれたドアに驚いて立ちすくみました。

「ッ……! ○○、居たのか」

びっくりした顔のお兄ちゃんが立っていました。

「お兄ちゃん……? お帰りなさい」

「あ、ああ、ただいま……○○、お前、泣いてるのか?」

「え……?」

気が付くと、頬が濡れていました。
お兄ちゃんの顔が、気遣わしげに強ばりました。

「寝間着のままで、体の調子が悪いのか? なら早くベッドに寝なくちゃ」

「体は、だいじょうぶ」

「とにかく、ベッドに行こう」

お兄ちゃんはわたしを抱きかかえるようにして、ベッドに連れて行きました。
お兄ちゃんの膝に座って首に両腕を回してみると、お兄ちゃんの首は
温かいというより熱いぐらいでした。

「○○、お前、手が冷たくなってるじゃないか」

体温が下がっていたのは、さっきまで鳥肌が立っていたせいでしょう。
お兄ちゃんはわたしの背中をこすりながら、囁きました。

「何があったんだ? 兄ちゃんに話してみろ」

「……お兄ちゃん、手紙読んだ?」

「ん、ああ、だから予定を早めて帰ってきたんだ。
 駅から電話しても誰も出ないから心配したぞ。
 電話の音が聞こえなかったのか?」

「ごめんなさい……聞こえてたんだけど、出られなかった」

「……? どういうわけだ?」

わたしはお兄ちゃんの胸に顔を埋めたままで、b君に呼ばれて倉庫裏に
行ってからのことを、順を追って詳しく話して聞かせました。
お兄ちゃんはうんうんと相づちを打ちながら、黙って聞いてくれました。

わたしが手首を掴まれて赤いアザが出来た話をすると、
お兄ちゃんはすぐに、カーテンを閉め切っていた部屋の灯りを点けて、
わたしの手首を確認しました。

アザは薄れてもうわからなくなっていましたが、
わたしはお兄ちゃんの目が、狂暴な光を帯びているのに気づきました。

驚いて言葉を失ったわたしに、お兄ちゃんは硬い声で続きを促しました。

(続く)


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