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お兄ちゃんとの大切な想い出 連載121〜130

「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」に掲載した連載121〜130を抽出したものです。それ以前の連載は、my brother (by 抽出係さん)でご覧になれます。番外編もあります。(管理人:お兄ちゃん子)


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131〜140

●連載121●
2001年10月23日 20時58分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」208-212)

わたしは、Yさんに電話をかけることにしました。
ぷるる、ぷるる、がちゃと音がして、聞き慣れたUの声が聞こえてきました。

「はい、(Uの名字)です。どちら様でしょうか」

Uの気取った口振りに、わたしは思わず吹き出しそうでした。
でも、もしかしたら、U独特の冗談かもしれません。
わたしはそれに付き合って、いつも以上に丁寧に口上を述べました。

「もしもし。夜分遅く失礼します。
 ××○○と申します。Yさんはいらっしゃいますか?」

「あら、Uのお友達ね。いつもUが迷惑かけてごめんなさい。
 ちょっと待ってて」

電話の向こうで、「Y、でんわぁー!」と呼ぶ声がしました。
わたしは腋の下に、冷たい汗をかいていました。

「……もしもし?」

「あ、○○です。こんばんは」

「○○ちゃん? どうしたん?
 こんな時間に……いや、全然構わないけど」

「今の、お母さんですか?」

「そうだけど、どうかした?」

「Uと、声がそっくりで、びっくりしました」

「ぷはははは、電話だとたまに間違われるみたい」

「……あの……写真の、ことなんですけど」

わたしが用件を切り出すと、お兄さんの声が真剣になりました。

「あ、ああ、考えてくれたんだ。
 ……あ、ちょっと待って」

声が途絶えました。しばらくして、
戻ってきたお兄さんの声は、やっと聞き取れるぐらいに低められていました。

「……あ、ごめん。
 Uが近くにいるから、その話、悪いけど明日にしてくれない?
 明日は教会に行くんでしょ?
 礼拝の後、お昼前に、この前の場所に来てくれる?」

「はい」

日曜日のお昼前には、日曜学校がありますが、仕方がありません。
VとUが教会にいる時間なら、お兄さんと内密に会うことができます。

電話を切ってから、断る理由を考えていなかったことに気づきました。
お兄ちゃんがダメと言ったからダメ、では子供じみています。

かといって、Uにもまだ話していないお兄ちゃんへの気持ちを、
お兄さんに詳しく説明するわけにもいきません。
わたしは、思案しながらベッドに入りました。

翌日の午前中、いつものように教会の礼拝が終わった後、
わたしはVとUに言いました。

「今日は、用事があるから、先に帰る」

「えー? 今日は遊べないのー?」

Vが、頬をふくらませました。
Uは、じっと値踏みするような目で、わたしを見ました。

「○○……なんか、隠し事してへんか?」

「…………」

わたしは、視線を逸らせました。

別に何も悪いことはしていないはずでしたが、なんだか、
お兄さんと共謀してUを騙しているようで、気が咎めたのです。

ファミリーレストランに着くと、お兄さんはもう待っていました。

「あ、○○ちゃん、よく来てくれたね!」

約束したのですから、来て当たり前です。

「はい。こんにちは」

「まあまあ座って」

向かい合わせに座って、紅茶をオーダーしました。

「○○ちゃん、お昼食べないの?」

「家で食べます」

断るつもりなのに、長々と顔を突き合わせる気にはなれませんでした。
紅茶が来て、しばらく沈黙が続いてから、お兄さんが水を向けてきました。

「えっと……写真の話、どうしようか?」

わたしは、単刀直入に答えました。

「あの……やっぱり、お断りします」

「あ……そうなの……」

お兄さんは、しょぼんとしました。

「ああいうコスプレとかが、気に入らないかな?
 なんなら、普通の衣装でも良いんだけど」

「いえ、コスプレは、なんとも思いません。
 その……わたし、好きな人が居ます」

「え?」

お兄さんは、口をあんぐりと開けて、固まりました。
わたしは、お兄ちゃんを「好きな人」と口にしたせいか、思わずにやけました。

「その人に、記念写真を送ったら喜ぶ、と思いました。
 でも、話してみたら、絶対ダメだって……」

「あ……そ、そうなんだ」

お兄さんはしばらくどこか遠くを見て、ため息をつきました。

「それじゃ、仕方ないね」

その時わたしは、窓ガラスに目をやって、見知った顔に気づきました。
突き刺すような視線でわたしを見ている、Uの憤怒の表情でした。

(続く)

●連載122●
2001年10月24日 11時42分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」248-253)

頭からすーっと血の気が引いていくのが、自分でわかりました。
わたしの視線を目で追って、お兄さんも気が付いたようです。

「あ」

短く声を上げて、お兄さんの顔が青くなっていきました。
Uが入り口を通って、わたしたちのテーブルに歩いてきました。

Uの顔は、興奮で真っ赤に染まっていました。
何か言葉を掛けようと思っても、喉から声が上手く出てきません。

3人は、互いに見つめ合いました。
均衡を破ったのは、歯ぎしりするような途切れ途切れの声でした。

「……アンタら……付き合うてたんか……
 ……2人掛かりで……騙してたんやな……」

Uは興奮しすぎて、思うように息継ぎができなくなっていたようです。
拳を握りしめ、大きく肩が上下していました。

わたしは、お兄さんにちらりと目をやりました。
真っ青な顔で、口を利けなくなっているようでした。
Uの様子がただごとでないのが、わかっているのでしょう。

頭に血が上ったUと、血の気の無くなったお兄さんを前にして、
わたしの心は逆に落ち着きを取り戻しました。
取り乱している姿を目の当たりにすると、醒めてしまうのです。

今すぐ何とかしないと、Uがテーブルをひっくり返して暴れ出す。
……と、わたしの心がごく近い未来の予測を弾き出しました。

わたしはすっと立ち上がって、正面からUを抱き締めました。
反射的にのけぞって逃げようとする、Uの背中に腕を回し、
左右の手で首の後ろと背中を撫でながら、呪文を囁きました。

「だいじょうぶ、だいじょうぶ」

Uは混乱したのか、初めのうち身を硬くしていましたが、
やがて唖然としたように、体の力が抜けていきました。

「U、聞いてくれる?」

「……な、なんや?」

「お兄さん、Uは誤解してます。
 ナイショにする約束、破っていいですか?」

「あ……あ……ああ、こうなってしもたらしゃーない」

お兄さんは、観念したようです。

「U、お兄さんに頼まれて黙ってたけど、
 あなたに隠れてお兄さんと会ってた。ごめんなさい」

わたしの腕の中で、Uの体がびくりと跳ねました。

「でも、付き合ってたんじゃない。安心して。
 写真のモデルにならないか、って頼まれただけ」

「……なんやて?」

Uの剣呑な声が、お兄さんに向けられました。

「一緒にコミケに行って、コスプレの写真を撮りたい、って」

「あ〜に〜ぃ〜っ! それ、どういうコトや?」

「あ、いや、なんだ……○○ちゃんが、イメージに合う思うて」

「わたしに内緒で、わたしの友達を、悪の道に引きずり込むっちゅうんか?」

「あ、悪て、そらオーバーやで……」

「U、落ち着いて」

「心配いらん。アンタに抱き付かれたらびっくりしてしもうて、
 怒る気が抜けてしもたわ。って…………!」

ふと周りを見回して、他の客の視線が集中しているのに気づいたようです。
席のあいだの通路で少女がぴったり抱き合っていれば、注目されて当然です。
Uはあわてて、わたしの体を引き剥がそうとしました。

「暴れないと言うまで、離れない」

「わかった! せやから離れ!」

ようやく3人とも席に着いて、話し合う体勢になりました。

「なぁU。なんでそんなにコスプレを嫌うねん?
 趣味なんやから、別にエエやん?
 お前かて、昔はオレの後に付いてコミケ行ったやないか」

「……兄ぃ。忘れたんか?
 わたしをくっさい気色悪い男ばっかりんトコにほったらかして、
 女の子の後ばっかり追いかけ回したんを。
 二度とあんなトコ行くか!」

「…………」

お兄さんはUの剣幕に圧倒されたようでした。
Uの矛先が、わたしのほうに向きました。

「だいたいなー。○○、アンタもアンタやで。
 こんな訳ワカラン男の誘いにホイホイ乗ったらアカン」

「さっき、はっきり断った」

「あ……そうやったんか。兄ぃ。振られたなぁ。きしししし」

「うるさい!」

「……友達が兄ぃの毒牙にかかるぐらいやったら、
 いっそわたしが犠牲になる。兄ぃの専属モデルになったるわ」

「え……ホンマか?」

「その代わり、モデル料は高いでぇ」

「お前、兄貴から金取るんか」

「金とは限らんけどなぁ。それに、わたしを騙したんはまだ許してへんで。
 ○○は被害者みたいやから、許したるけどな。
 兄ぃには、家に帰ってからゆーっくり反省してもらうでぇ」

わたしは見かねてUをたしなめました。

「U……暴力は……」

「安心し。死なせたら元も子もないさかいな。手加減する。
 さ、帰ろか、兄ぃ」

Uに引きずられて行くお兄さんを見送りながら、
わたしは心の中でお兄さんに詫びました。お兄さん、ごめんなさい。
そのあと、お兄さんがどんな目に遭ったのかは、怖くて聞けませんでした。

(続き)

●連載123●
2001年10月25日 13時53分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」310-314)

翌日の教室で、わたしはおそるおそる尋ねました。

「U……お兄さん、生きてる?」

「死ぬわけないやん!」

「良かった……今のは冗談」

「マジな顔して怖いこと言わんといて」

「ねーねーお兄さんがどうしたのー?」

脇で聞いていたVが、話に割り込んできました。

「Vには関係あらへん」

「ずるいよー。わたしだけ仲間はずれー?」

UはVを相手にしませんでした。

「せやけど○○、あの技はどこで覚えたんや?」

「技?」

「いきなりわたしに抱き付いてきたやん。
 びっくりして金縛りになったで」

「ええー! ○○ちゃんがUちゃんに抱き付いたのー?」

UがあわててVの口をふさぎました。

「アホ! 大きな声出すんやない。変な噂が立ったらどないすんねん」

「……もごもご……くるしいよー」

Uが手を緩めると、Vはわたしのほうに突進してきました。
わたしは為す術もなく、大柄なVに抱きすくめられました。
わたしの力では、脱出不可能です。

「アホー!」

Uが丸めた教科書で、Vとわたしの頭をぱんぱーんと叩きました。

「いたい……角が当たったよー」

Vが涙目になりました。

「なに異常なコトしてるんや! みんな見てるやないか!」

「それはUちゃんが大きな声出してるからだよー」

わたしは、噂の発生を抑えるのはもう手遅れだ、と思いました。

「移動しましょ」

わたしたちは、こそこそと廊下に移動しました。

「わたしが興奮したり泣いたりすると、お兄ちゃんがいつもああしてくれた。
 すごくホッとする。Uにも効果、あったでしょ?」

UとVは目を丸くしました。

「するとなにか? アンタが泣いてたら兄ちゃんが抱き締めてくれるんか。
 そらすごいな」

「すごーい。いいなー」

Vの瞳がきらきら輝きました。わたしは大きくうなずきました。

「すごいでしょ。効果抜群」

Uはなぜか、大きくため息をつきました。

「ま、エエわ。つっこまんとく。アホらしなってきた。
 せやけど、もうアレはやめとき。
 特に男相手にあんなことしたら、絶対誤解されるで」

「……? いいけど、お兄さんと仲直りしてね」

「ま、わたしらはだいたいいつもあんな感じやねん。
 今さら、仲良うするんは照れくさいやん」

「喧嘩してないなら、それで良いけど……」

「喧嘩はわたしの完全勝利でケリついてん。
 兄ぃの財布はこれから当てにしてエエで」

Uの口許が、勝ち誇るようにニヤリと歪められました。
YさんはもともとUの下僕だったようですが、
奴隷に格下げされてしまったのだろうか、と内心同情しました。

チャイムが鳴って、美術の授業が始まりました。
自由課題の水彩画です。

わたしは自分の色彩センスに、まるで自信がありません。
デッサンも、描き込めば描き込むほどおかしくなります。

その弱点をカバーするために、わたしは使う色をあらかじめ制限し、
ふつうなら絵を描くと呼べないような画法を選びました。
問題は、仕上げるのに通常の3倍の時間がかかることです。

わたしはそれから、昼休みや放課後の時間を使って、
どうにか提出日に間に合わせました。

提出の前に、美術の先生が指示を出しました。
生徒が2人ずつペアになって、お互いの作品を評価するのです。

わたしとペアになったのは、男子のZ君でした。
それまで名前も覚えていませんでしたが、ひょうきんな言動で目立っていました。

わたしは淡々と、Z君の絵のデッサンの歪み、構図のまずさ、塗りの粗雑さを、
順に指摘していきました。次第に、Z君の顔が青ざめてきました。

さすがにこのままではまずい、と背中が冷えてきましたが、困ったことに、
褒める要素が1つも見あたりません。

わたしと交替したZ君は、興奮した調子でわたしの作品をこき下ろしました。
指摘された短所は、前もって自分で予想した範囲内だったので、
わたしは黙ってうむうむとうなずきました。

内心は、これから人の作品を評価する際には、最初に長所を探して、
短所は1つだけ指摘するに留めよう、と考えていました。

まぁ、二度とZ君に関わることは無いだろう、とも思いましたが……、
残念ながらその予想は、結果的に外れました。

(続く)

●連載124●
2001年10月25日 20時50分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」324-328)

数日後、ロングホームルームの時間に、事件が起こりました。
その時のホームルームの議題が何だったのかは、思い出せません。

Z君が議長に向かって、ヤジを飛ばしました。
あまりにも下らない、おやじギャグでした。

わたしは思わずZ君を見て、「馬鹿みたい……」とつぶやきました。
驚いたことに、Z君がパッとこちらに振り向きました。
数メートルは離れていたのに、Z君はとても耳が良かったようです。

わたしは強ばった顔で、Z君の目をまっすぐ見返してしまいました。
がたん、と音を立てて、Z君が椅子から立ち上がりました。

何事だろうか、といぶかしむ視線が、Z君に集まりました。
Z君はよろめくようにして、こちらに歩いて来ました。

わたしはZ君の異様な雰囲気に呑まれて、視線を外せなくなりました。
信じられないことに、Z君は顔を歪めて泣いていました。

中学生の男子が、恥も外聞もなく泣き顔を教室で晒しているのです。
わたしは息を呑み、身動きできなくなりました。

すぐ目の前まで来たZ君は、聞き取りにくい声でこう言いました。

「オレはなぁ……オマエに……その目で……バカと言われると、
 心の底からバカになったように思うんだ……」

Z君は立ったまま、しゃくり上げているだけでした。
わたしには、軽い気持ちで口にした「バカ」の一言で、
どうしてZ君がこんなに取り乱しているのか、さっぱりわかりませんでした。

それでも、Z君が周囲の目を忘れるほどに、深く傷付いていることは、
わたしの目にさえ明らかでした。

わたしは立ち上がって、頭を下げました。

「よくわからないけど、わたしが悪いんだと思う。
 ごめんなさい」

担任の先生が、Z君の肩を押して、どこかに連れて行きました。
ホームルームは中止になりました。

その後、わたしに話しかけてくる生徒は居ませんでした。

昼休みに、担任に職員室まで呼び出されましたが、
わたしには「わかりません」としか答えようがありませんでした。

職員室から帰ってくると、クラスメイトたちが目を逸らしました。
UとVが寄ってきて、外でお弁当を食べようとわたしを誘いました。

3人は下駄箱の前の石段に腰を下ろして、お弁当を広げました。
Uが言いづらそうに、わたしに口を切りました。
ざっくばらんなUにしては、珍しい遠慮でした。

「なぁ○○、Z君と何があったんや?」

「……わからない」

「わからへんって、なんもなくて男が泣くわけないやろ?」

「わたしもそう思うんだけど、さっぱり見当も付かない」

「もう、噂が広まりかけてるで」

「え?」

「アンタは自覚ないやろうけど、有名人や。
 今日のコトは、格好の噂のタネになるがな」

当事者のわたしにもわからない事実が、周囲にはわかるのだろうか、
と不思議に思いました。

「どんな噂?」

「そやなぁ、わたしが聞いたんは、Z君が授業中、
 突然あんたに告って、撃沈されて、泣き出した、ちゅう話や」

「告白? そんなの、無かった」

「そやろなぁ……わたしも見とったけど、
 Z君はあんたに話しかける前に泣き出しとったみたいや。
 振られる前に泣いとったらつじつまが合わへん。
 そや、Z君はアンタになんて言うたんや?」

わたしがZ君から聞いた言葉を繰り返すと、
Uは首を振ってVと顔を見合わせました。
Vは、同じように首を振りながら言いました。

「Uちゃん、わかったのー?」

Vには、わかっていなかったようです。

「○○、アンタ、もしかして目ぇ悪いんか?」

「……? 悪くない。健康診断では、両目とも2.0だった」

「そんなら、人と話してる時にじーっと相手の目を見つめるんは、クセか?」

「え? わたし、そんなクセある?」

言われてみると、小さい頃に翻訳の小説を読んで、
話をするとき相手の目を見つめるのがマナーだ、と覚えたような気がしました。

「気ぃついてなかったんか? ……ハァ。
 そんな目で見とったら、女やったらガンとばされてる思うし、
 男やったら色目つかってるんやないかて思われるで。
 勘違いされへんかっても、アンタと目ぇ合わしたら、
 心ん中覗かれてるみたいや。
 わたしでも、たまにアンタの目が怖い時あるわ。
 気にせえへんのは、Vぐらいのもんやろ」

「わたし、そんなつもり……無いんだけど……怖いって……?」

「アンタは話さへんけど、わたしらが親の話とかする時や」

(続く)

●連載125●
2001年10月26日 21時38分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」359-361)

「…………」

わたしはZ君の涙に、ショックを受けていました。
そこでUからまで怖いと言われては、もう言葉がありません。

「そんな顔せんでエエ」

「え」

Uらしくもない優しげな声に、思わずUの顔を見直しました。

「あんたは『鉄仮面』なんて呼ばれてるけどな、
 ホンマはめっちゃわかりやすいで。
 ちょっと見ただけやったらわからへんやろけどな。
 わたしらの目はごまかせへん。
 兄ちゃんの話するときは口が緩んで目が優しいなる。
 親の話すると目がきつうなる。
 興味ないときは遠い目しとる。
 乗ってきたら目が据わる。
 V、アンタかてわかってたやろ?」

Vは胸を張って得意そうに答えました。

「わかるよー。○○ちゃん、あんまり口でしゃべらないけど、
 目でいっぱいしゃべってるー」

「……2人とも、お兄ちゃんと同じこと言ってる」

「そおか? やっぱし○○の兄ちゃんはよう見てるやん」

「○○ちゃんはお兄さんがいていいなー」

「うん」

あたたかいモノが、胸にこみ上げてきました。

「アンタのことよう知らんヤツに怖い思われたかて気にすることあれへん。
 アンタは不器用やけどなぁ……
 人前でヘラヘラして裏で陰口たたくようなアホよりよっぽどマシや。
 アンタ見て怖い思うのんは、心にやましいことがあるからや。
 わたしはアンタみたいなん、好きやで」

「わたしも好きー」

「ありがとう……」

それだけ口にするのが、精一杯でした。
わたしは良い友達を持った、としみじみ思いました。
目頭が熱くなり、涙がこぼれそうでした。

Uが横を向いて、照れくさそうな顔をしました。

「泣いたらアカンて……わたしでも抱き締めたくなるやんか」

「じゃあわたしがー」

Vが正面から、がばっと飛びかかってきました。
わたしはとっさに、弁当箱を横に退避させました。
わたしの顔が大柄なVの胸に埋まり、鼻と口がふさがれました。

「うぐぐぐ……」

「あほーーっ!」

ごんごんっと、げんこつが降ってきました。

「Uちゃん、グーはいたいよー」

Vが頭を押さえて涙目になりました。

「あやしいことしてるんやない!」

「……U、どうしてわたしまで殴るの?」

せっかくの感動が台無しでした。

(続く)

●連載126●
2001年10月27日 16時49分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」402-406)

学校の帰りに並んで歩きながら、Uが現状分析を披露しました。

「休み時間にちょこちょこっと聞いただけやけどな、
 もう噂は落ち着いてるみたいや」

「そう……」

「どっちかっちゅうとアンタよりZ君のほうが噂の的や。
 なんせ授業中に男泣きやからなぁ。
 アンタに何されたにしても情けなさ過ぎや……てな」

「うん……」

「なんや、まだ元気ないなぁ。アンタにしては珍しいで。
 アンタの伝説に新しいページが加わったんが気になるんか?
 R君のときは気にも留めてへんかったやん」

Uの声には、不思議がるような、面白がるような響きがありました。
わたしは立ち止まり、大きくため息をつきました。
Vが寄ってきて、「どうどう」とわたしの背中を軽く叩きました。

「V……わたし、馬じゃない」

「元気出そうよー、○○ちゃん」

「ごめんなさい」

わたしたちは、道端に積んであったコンクリートブロックに腰掛けました。
Uが遠くを見ながら、なんでもないという口調で言いました。

「溜まってるもんがあるんやったら、吐き出してしまい。
 無理にとは言わへんけどな。なんぼでも付き合うで」

わたしはどこか遠くを見つめながら、口を開きました。

「わたし、自分が人間だと思えない」

「……ハァ?
 人間やないて、どういうこっちゃ?」

「わたしは小さい頃のことを、ほとんど思い出せない」

「それは……ふつうとちゃうか?」

「小学3年生より前のことは、ほんの少し……。
 わたしの一番古い記憶。
 あれはわたしが5歳か6歳だったかな?
 わたしはベッドの中で目が覚めた。
 首を横に向けると、お兄ちゃんが居た。
 床の上にノートを広げて、何かの勉強をしてるみたいだった」

「……それで?」

「わたしがじっと見ていても、お兄ちゃんは気づかない。
 その時、ひとつの考えがわたしを襲った。
 わたしは打ちのめされて、呆然とした」

「……その考えっちゅうのは?」

「わたしはわたしで、お兄ちゃんはお兄ちゃん。
 わたしが頭の中で考えていることは、お兄ちゃんにわからない。
 お兄ちゃんが考えていることは、わたしには読みとれない。
 お兄ちゃんとわたしは、切り離された別々のもので、
 どんなに近づいても、ひとつじゃないんだ、って。
 わたしはひとりで、これからもずっとそうなんだ、って」

「アンタ……6歳でそんなこと考えてたんか」

Uが呆れたような声を上げました。

「わたしは寒くなって震えた。
 声も出せなくなって、天井の模様をずっと見てた。
 覚えているのはそこまで」

わたしは目をつぶって、息を整えました。

「せやけど……人間やったら、誰でもそうなんちゃうん?
 ひとりひとり別々に生きてるから、
 淋しゅうなって他の人を求めるんやろ?」

「そういうことじゃ、ない……。
 ひとりひとり分かれているってことは、
 頭の中で考えていることを、直接見比べられないってこと。
 わたしが淋しいとか嬉しいとか思うこの感情も、
 他の人と同じかどうかわからない。
 U……チューリングテストって、知ってる?」

「……知らん。Vは知ってるか?」

黙って話を聞いていたVも、首を横に振りました。

「イギリスの天才数学者アラン・チューリングが、
 今から40年以上昔に考えた、『知能』の判定法。
 ディスプレイとキーボードを使って、
 判定役が隣の部屋に居る誰かと文字だけの会話をするの。
 隣の部屋に居るのがコンピューターか人間かは、
 判定役には教えられていない。
 もし、向こう側に居るのがコンピューターなのに、
 判定役がそれを人間と区別できなかったら、
 そのコンピュータには『知能』があるということになる」

話を聞きながら、Uは困惑したようです。

「……すまんけど、その話がどうつながるんや?」

「コンピューターがチューリングテストをパスして、
 『知能』があると認められても、その中身は人間とは関係ない。
 わたしが外から見て人間と認められても、頭の中を覗けない以上、
 それが他の人と同じ『心』なのかどうか、わからない」

(続く)

●連載127●
2001年10月28日 15時47分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」442-446)

UとVは、黙って耳を傾けていました。

「どんなに熱くなっていても、心のどこかに、もうひとり醒めた自分が居る。
 心の底から悲しいとか、嬉しいとかいうことが、よくわからなかった。
 今でも、まだわからない。
 他の人の様子を観察して、うわべだけ心の動きを真似しているみたい。
 自分が、人間のフリをしている、ロボットみたいに思えるの。
 ……だから、知らないうちに人を傷つけても、それがわからないのかな、って」

Uが、難しい顔をして、腕組みしました。

「う〜〜ん。
 わたしには難しいコトはようワカランけどなぁ。
 アンタ、真面目すぎるんと違うか?」

Vが、不思議そうな顔で言いました。

「わたしも考えたんだけどー。
 ○○ちゃん、自信がないんじゃないかなー?」

「どういうこと?」

「だって、○○ちゃんすっごくアタマいいのに、
 ぜんぜん自慢しないでしょー?
 わたしだったらいばりまくりだよー」

「それもそうやな……。
 ○○、アンタお菓子食べるときも、最後にしか取らへんやろ。
 ホームルームでも、最後に指名されんと発言せえへんな。
 なんでや?」

「……わたしは……どのお菓子でも好きだから。
 ホームルームでは……わたしが何か言うと、議論が終わっちゃうから」

「まぁなぁ……アンタは正論しか言わんから、
 そこでキリが付いてしまうんや。
 『鶴の一声』て言われてるしなぁ」

「……?」

「今のは下らん噂やから、気にしんとき。
 アンタのこと面白うない思てるヤツもおるけど、
 積極的になってもエエと思うで」

後に性格診断のテストを学校で受けた時、
わたしは「自己評価が低い」と判定されました。

「まぁ……急に言われたかて無理やわなぁ。
 せやけど、生きていこ思うたら、誰かを傷つけるし、自分も傷つくんや。
 それはしゃーない。喧嘩しても、仲直りしたらエエやないか。
 兄ちゃんとは喧嘩したことないんか?」

「……覚えがない」

「アンタがわがまま言わへんからやろか……?
 わがまま言うたら嫌われる、て思うんか?」

「そう、かもしれない」

「アンタ、兄ちゃんのこと信じてるんやろ?」

「うん……Vには悪いけど、神様よりも」

「兄ちゃんは、アンタを人間やナイて言うんか?」

「……! そんなこと、言うわけない」

「せやったら、兄ちゃんの言葉を信じたり。
 ついでにわたしらの言うことも信じてエエで。
 アンタは人間や。ロボットがこんなことで悩むかいな」

「Uちゃん、いいこと言ってるー。
 わたしには思いつかないよー」

Vがうんうんとうなずきながら、身をもたせかけてきました。

「ね? あったかいでしょー?
 ○○ちゃんもあったかいよー。
 ロボットはもっと冷たいよー?」

わたしは言葉が出てこなくなって、大きく何度も2人にうなずきました。

「せや、気分転換にパーティーでもせえへんか?」

「……パーティー?」

「いいねそれー。久しぶりだよー」

「パーティーていうても、大げさなもんやない。
 Vん家にお泊まりするだけや。
 パジャマパーティーちゅうやっちゃ」

「V……良いの?」

「歓迎だよー。お菓子いっぱい準備しなくちゃー」

「前はちょくちょくVん家に泊まりに行ったんやけどな、
 遊びすぎやってうちのお母ちゃんに怒られてな、自粛しとったんや。
 ○○も一緒やったら、テスト勉強ちゅう大義名分もあるし。
 もうじきテストやから、一石二鳥や」

「泊まりがけで、勉強しながら、パーティーするわけね?」

「まぁ、勉強はオマケやけどな。
 アンタにいっぺんテストで点取るコツ聞きたかったしな」

「別に、コツは無いんだけど……」

「隠さんでエエやん。じっくり白状してもらうで。
 今度の土日でエエやろ?
 夜中まで遊べるなぁ。うしし」

UもVも、すっかりその気でした。
わたしは初めてパーティーに招待されて、期待に胸が膨らみました。

(続く)

●連載128●
2001年10月28日 21時44分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」458-462)

パジャマパーティーには、自分のお気に入りのパジャマと、
何か遊ぶものを持参することになりました。

土曜日の午後、Vの家に行くと、お母さんが出迎えてくれました。

「○○ちゃん、いらっしゃい。また来てくれて嬉しい。
 Uちゃんはもう来てますよ」

2階に案内されて、初めてVの部屋に入りました。
それまでは、離れの応接室でお喋りすることが多かったのです。

「V、こんにちは」

「○○ちゃーん、ちょっと待ってねー」

VとUは、格闘ゲームの対戦の真っ最中でした。
Vのキャラが、宙に浮かされてボコボコにやられました。

「Uちゃんずるいー」

「へへーん、気をそらすほうが悪い。
 Vじゃ勝負にならへんなぁ。
 ○○、アンタも早うパジャマに着替え」

「……昼間からパジャマを着るの?」

「パジャマ着いへんかったらパジャマパーティーにならへんやろ?」

「それもそうね」

そう返事しながら、わたしは内心動揺していました。
Uは思ったよりも子供っぽい、クマさん模様のパジャマでしたが、
Vが着ていたのは、ひらひらのフリルが無数に付いたドレスのようでした。

「……V、それもパジャマなの?」

「うん、大パパが買ってくれたのー。かわいいでしょー?」

「そ、そうね……」

あまり深く追及しないほうが良さそうでした。

わたしは部屋の隅に行って、ワンピースを脱ごうとしました。
ハッ、と気配に振り向くと、Uが目と鼻の先に居ました。

「そこで、なにをしてるの?」

「いやー、気にせんとき。続けて続けて」

「見られてると、脱ぎにくいんだけど」

「女同士やん、かめへんかめへん」

「U、なんだか、目がやらしいよ?」

Uの目に倒錯的なモノを感じて、思わず胸を隠しました。

「ぶわははははは! アンタ考えすぎや。わたしはノーマルやで」

「……ホントに?」

「ホンマやて。しゃーないなぁ」

ぶつぶつ言いながら、やっとUが向こうに行きました。
わたしは素早く、お気に入りのパジャマに着替えました。

クッションに腰を下ろして、3人が向き合いました。

「○○……ちょっと聞いてエエか?」

「なに?」

「そのパジャマ、色といい柄といい、男モンにしか見えへんのやけど……」

「うん」

「ちゅうことは、それ兄ちゃんのパジャマか?」

「お兄ちゃんが昔着てた。
 小さくなって着られなくなったから、わたしが貰った」

「ハァ…………」

なぜかUは頭を抱えました。

「……? Uも、お兄さんのお下がりのパジャマ、着たりしない?」

「するかーっ!」

Uは真っ赤になって否定しました。

「ねーねー○○ちゃん」

それにかまわず、今度はVがにじり寄ってきました。

「な、なに?」

「そのパジャマ、わたしのと交換しない?
 わたし、かわいいのたくさん持ってるよ?」

Vのセンスを頭の中で想像し、答えを出すのに1秒もかかりませんでした。

「遠慮する」

「えー? 一番高いのでもいいからー」

Vがわたしの胸に覆い被さり、くんかくんか匂いをかぎました。

「……!」

わたしが身をよじって逃げる前に、Vの後頭部にUのチョップが炸裂しました。

「あぅぅぅ……」

Vが頭を押さえてうずくまるのと同時に、
Uもダメージを受けた手をぶらぶら振りました。

「お兄さんの匂いがするかどうか、たしかめただけなのにー」

「するわけないやろアホッ!」

長い一日になりそうでした。

(続く)

●連載129●
2001年10月29日 14時59分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」477-481)

こんこん、とノックの音がしました。
Vが「はーい」と返事をすると、Vのお母さんがお盆を持って入ってきました。
お盆には、ティーセットと切ったグレープフルーツが載っていました。
わたしが正座すると、お母さんがにっこりしました。

「○○ちゃん、かしこまらなくていいのよー。
 自分の家だと思って、楽にしてちょうだい」

お母さんが出ていった後も、わたしは虚脱していました。
Uがいぶかしげに声をかけてきました。

「○○、どないしたんや?」

「…………」

「○○ちゃん、どうしたのー?」

「……ちょっと、わたし、変みたい。まだ、信じられなくて」

「なにがや?」

「あんなに綺麗で優しそうなお母さんが、ホントに居るんだなぁ、って」

「やだー○○ちゃん、そんなことないよー」

Vのお母さんに会ったのは初めてではないのに、
どういうわけか、胸がかきむしられるような気がしました。

「お父さんも、優しそうだったね。
 わたし、そんなの、お話の中だけだ、って思ってた」

Vの部屋の中にいるのに、わたしは水に溺れてかけているようでした。
テレビの光が妙にぎらついて見え、胸がむかむかしました。

「○○……大丈夫なんか?」

わたしが前に突いた手に、Uの手のひらが重なりました。
わたしは黙って、こくこくうなずきました。
Vがぴったりと、背中に張り付いてきました。

しばらく深呼吸しているうちに、気分が収まってきました。

「もうだいじょうぶ。ごめんね、ごめんね」

「かめへんて。わたしら、なんもしてへんし」

「○○ちゃん、お茶飲もうー?」

3人で、少しぬるくなった紅茶を飲みました。
グレープフルーツは食べ頃で、ぷりぷりした舌触りでした。

皿が空になると、Uが宣言しました。

「ほんなら、ゲーム大会といこかー!」

「……U、勉強はしないの?」

「いきなり素に戻らんといて! 気分転換が先やろ?」

「良いけど……」

「そや、アンタ遊び道具になに持ってきたん?」

わたしはバッグから、カードの束を出しました。

「なーんや、トランプかいな。2つ?」

「1つはふつうのトランプ。もう1つはタロットカード」

「タロットカードていうたら、占いで使うヤツか?」

「そう。22枚の大アルカナと、56枚の小アルカナがある。
 わたしが知ってるのは、大アルカナを使う一番簡単な方法。
 それぞれのカードの意味は……」

「ちょう待ち。そういうのんは外が暗くなってからにせえへんか?
 気分出えへんやろ?」

「……それもそうね。じゃあ、なにをする?」

「さっきまでVとスーファミしててん。
 アンタでもファミコンぐらいできるやろ?」

「……したこと、ないんだけど」

「ハァ?
 ……アンタ、ホンマに日本人か?
 ×××のスパイやないやろな?」

「……おかしい、かな?」

「おかしすぎるて!
 アンタの兄ちゃんはファミコンせえへんかったんか?」

「お兄ちゃんは、部活が忙しかったし、体動かすほうが好きみたい。
 わたしを、よく外に連れ出してくれた」

「……まぁ、本気違いのアンタがゲームにハマったら重症やもんな。
 そやけどちょっとぐらいやったらエエやろ?」

「どうやるの?」

わたしはUに、ゲームの説明をしてもらいました。
画面の左右に居る劇画のようなキャラが対戦する、格闘ゲームでした。

「最初はVとやり。
 Vは弱いさかいそこそこ勝負になるはずや」

「むー。Uちゃんこっそり家で練習してきたんでしょー」

対戦を始めてみると、キャラが思うように動きません。
画面の中で、奇妙に踊っているようでした。
キャラ同士が接触すると、立て続けにダメージを食らいました。

「あ、あ、あ」

たまたま反撃が当たって、盛り返しました。
ゲームに熱中していると、横で見ていたUがだしぬけに爆笑しました。

「ぐぷははははは!」

わたしとVのキャラの動きが同時に止まりました。

「どうしたの?」

「ア、アンタ……コントローラーを振り回してもいっしょやて」

わたしは無意識のうちに、キャラの動きに合わせて腕を動かしていたのでした。

(続く)

●連載130●
2001年10月29日 21時37分 初出(「一番身近な異性・兄弟姉妹の想い出〜Part6」491-495)

VとUが代わる代わる、わたしと対戦しました。
結果は……わたしの連戦連敗でした。
数時間経って、いいかげん呆れたようにUが言いました。

「アンタ……とことん反射神経ニブいな〜。
 アクションゲームは向いてないんちゃうか?」

「……そうね」

見るからにぽーっとしたVにさえ勝てないようでは、
言い訳の余地がありません。

「○○ちゃん初めてだからしかたがないよー」

「…………」

Uの顔が、意地悪そうになりました。

「はっはーん。○○、ホンマは負けず嫌いやってんな。
 まぁ、Vに勝てるように修業してから挑戦してきなさい、キミ」

「くっ……!
 ……U、そろそろテスト勉強しないと」

「あっ、アンタ……根性汚いでぇ」

「お互い様でしょ」

わたしとUが、お互いの目から出る見えないビームの応酬をしていると、
Vが困ったような顔になりました。

「ねーねー。今度はわたしの遊びー」

それを聞いたUの鼻に皺が寄りました。

「あ……アレか?」

Vがいそいそと、クローゼットから大きな箱を大事そうに抱えてきました。
蓋を開けるとその下には、壁で区切られた部屋が並んでいます。
アンチックなドールハウスでした。

「これ……ものすごく高くない?」

「うん。大パパが買ってくれたんだー」

Vのお爺ちゃんは、孫に甘すぎるのではないか、と思いました。

Vは前に見せてくれた人形だけでなく、20体ほどの人形を出してきました。
既製のフランス人形ではなく、Vが粘土と針金と布で手作りしたものです。
その中には、目の大きなUや、目つきの厳しいわたしに似たものもありました。

「これ、わたし?」

「わかるー? 似てるもんねー」

「わたし、こんなに目つき悪い?」

Vは学習机の所に行って、引き出しから手鏡を持ってきました。

「ほら、今の顔、そっくりだよー」

「…………」

横では、Uが遠慮会釈なく笑っています。

それから、Vのお話が滔々と続きました。

「これはどこにもない王国なのー。でも王様は居ないのー」

「王様が居ないと、困るんじゃない?」

「でも王女様は居るのー(Vのことです)。
 王女様は、悪い魔法使いにユーヘーされて、王子様を待ってるのー。
 王子様に会えると、2人はケッコンして、即位するのー」

「もしかして、その魔法使いって、わたし?」

「ちがうよー。○○ちゃんは良い魔法使い」

「そう」

ふだんぼんやりしているように見えるVは、
わたしの突っ込みにすらすらと答えを返しました。

中学生にもなって、こんなお話を聞くのは、奇妙な気がしましたが、
なぜか馬鹿にする気にはなれませんでした。

Uは同じ話を以前に聞かされたことがあるのか、
お菓子をぽりぽりと食べながら、気のない様子でした。

やがてVのお母さんが夕食に呼びに来て、わたしはお話から解放されました。
大勢で囲む和やかな食卓は、わたしをまた落ち着かない気分にさせました。
でも、UとVに挟まれていると、さっきのような不安は襲ってきませんでした。

3人ともお腹がふくれて、気が緩んできたところで、
Vの部屋に戻って、タロット占いをすることになりました。

部屋を暗くしてベールの代わりにシーツをかぶり、
タロットの山をかき混ぜました。

「○○……アンタ、めちゃめちゃハマってるやん。
 雰囲気出過ぎやで〜」

「そうだよー。なんかこわいよー」

2人を順番に占って、カードの絵柄の説明をしました。

「アンタは自分を占わへんのか?」

「わたし、占いは信じてないから。非合理的でしょ?」

「……ちょう待ち! そんならなんで占いするんや?」

「余興。外国の小説とか読むと、タロットの象徴が出てくることあるし、
 知ってると役に立つ。聖書やマザー・グースやグリム童話なんかも、
 知ってると面白いよ」

(続く)


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